第14話「竜の影」
屋敷の中は暗闇に包まれている。
それでもその目はあたりの様子を鮮明に浮かび上がらせた。
ラディカは隠密用の魔術を発動し、足音の主を探しに向かう。
屋敷への侵入者を見つけるのにそう時間は掛からなかった。
――三人か。
三階。
ミアハとルナフレアの部屋がある階だった。
今までもレイデュラント家の屋敷に侵入者があったことはある。
ドラセリアの要職につくレイデュラント家を落としたい敵はそう少なくない。
たいていは屋敷に住む武装執事と武装侍女たちによって撃退されるが、今回はその誰もが感知できていないようだった。
――手練れだな。
今回は今までの侵入者の中でも練度が高い。
――だが甘ぇ。
今日は自分がいる。
ラディカは廊下の端に影を見つけた。
微弱な月明かりによって作られた人の影。
――魔術、使ってんな。
不可視の魔術。
音を消す魔術も使っているが、ラディカの聴覚を超越するまでではない。
さらにラディカは目に魔術を掛け、侵入者が武器を携帯していることに気づいた。
その瞬間、処理は決定した。
――
たとえ従者たちであっても、夜、明かりを持たずに武器を持って二階以上を歩くことは許していない。
ラディカは音もなく侵入者の影へ近づき、右手に持った短剣を曇りなく走らせた。
「ぐあっ」
「ぎゃっ」
喉と脳天。
噴き出した血が床に落ちる前に、窓から逃げようとしたもう一人の足をひっつかんで壁に叩き付ける。
「かっ……! ……ラ、ラディカ・レイデュラント……っ!」
「そう、俺がラディカ・レイデュラントだ」
一撃。
短剣は断末魔の悲鳴をあげさせるまもなく侵入者の心臓を貫いた。
「ったく」
自害しようとしたので先に止めを差した。生きたまま情報を抜ければそれが一番だったが、屋敷に侵入できた練度から考えても見込みはないだろう。
「顔つきは西大陸っぽいが――」
しかたなく死体から情報を抜こうとして、身辺を探る。
携行している武器に統一性はない。
出どころを探らせないためだろう。
「だが甘ぇ」
次にラディカは、床に落ちた血を人差し指ですくって舐めた。
「……ヨルンガルドか」
人の血には魔力が混じる。
そして魔力には味がある。
そこに人種による違いがあるのは、あまり知られていない。
さらに竜影機関の中の密偵の中でも、特に優れた者にしか判別できないような違いだ。
しかしラディカには天賦の才があった。
そのうえで機関員に定められるあらゆる訓練を受け、そのすべてを修了した。
――ドラセリアの諜報機関ってドラグーンよりよっぽどヤバい訓練をしてるからな。
かつての経験を思い出しながら軽く身震いし、ラディカは再び思考を戻す。
「……さて、狙いはなんだろうな」
今までの侵入者には大別して二つの目的を持った者がいた。
一つは長兄フレデリクを狙った曲者。
レイデュラント家を落とすには無難に次期当主を潰すのが早い。
しかしフレデリクは二階におり、フレデリクを狙うのなら三階でうろつく意味はない。
「黒竜の尻尾は一階」
そしてもう一つは件の事故ののち回収された黒竜の尻尾を狙う曲者。
竜の中でも特に希少な黒竜の素材を狙って侵入するものがいる。
さっさと売ってしまえばいいものを、と思う傍ら、ミアハがどうしても近くに置いて欲しいというのでどうにもできずにいる。
「……」
しばし考えてラディカは気づいた。
「……ミアハか?」
〈竜の喉〉と〈竜の耳〉、そして〈風読みの眼〉を持った三男ミアハ。
前者二つはドラグーンでもなければ特段に価値のあるものではないが、風読みの眼に関してはいささか扱いが異なる。
「……ちっ、面倒なことになった」
誰かがその希少性に気づいた。
風読みの眼は魔眼にたぐいされるもので、たしかに効力だけみればほかの魔眼ほどたいしたものではないが、希少性という点では比類するものがない。
「ヨルンガルドが新しい術式理論でも開発したか」
神の贈り物。
魔眼に刻まれた術式は人間が考えて生み出せるようなものではない。
ゆえにもっとも深い真理の刻まれた眼とも言われる。
たいてい新しい術式理論が生まれるときには、こういう『神の術式』が刻まれたものが関わっている。
「ラディカ様!」
屋敷に灯りがつく。
執事長が騒動に気づき廊下を駆けてきていた。
「ああ、これ片づけておいてくれ。俺はまたちょっくら外に出る」
その執事長に適当に指示を残し、ラディカはすぐに外へ出る準備をはじめる。
「くれぐれもルナには悟られないようにしろ。あと今日から夜番を増員。次に侵入者を許したら全員解雇だ」
まくしたてるように続けて、最後にラディカは執事長を射殺さんばかりの目つきで言った。
「もしも、オレの家族に傷がついたら――全員ぶっ殺すからな」
「……はっ、肝に銘じます」
そしてラディカは夜のドラセリアに音もなく消えた。
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