第13話「ラディカ・レイデュラントの秘密」
「……はあ、またやっちまった」
時は少しさかのぼり。
ミアハが白竜と出会う前日。
久々の兄妹全員での食事を終えたあと、レイデュラント家次男、ラディカ・レイデュラントは自室のベッドに寝転がってそんなつぶやきをこぼした。
「バレたら兄貴にどやされる」
それに加え、ルナフレアからもこっぴどく怒られるだろう。
今回ミアハに頼まれて調達した魔導書は、かなり危ういものだ。
――人体生成式の研究魔導書。
曰く、成功はしていない。
ゆえに研究書。
常に流動するという人体を構成する式は、人間が技術で再現できるような代物ではない。
しかしだからこそ、いつの時代もそれを研究する魔導学者(バカ)がいる。
えてして魔導学者なんてものは、命を賭してでも真理を追究したがる物好きの集まりだ。
「まあ、問題はねえだろうけど……」
いずれにしても人体生成は人間には不可能だ。
理論はだいぶ確立されてきていて、人体式についても一定の見解は生まれているが、それを魔術で実行しようとすると、まずもって人間の持つ魔力総量では不可能である。
だから、仮に圧倒的な才能をもってその式を実際に編むことができたとして、魔力が足りなければ夢のままで終わる。
――今のミアハには魔力がもうない。
気がかりなのは最近〈魔導の国〉ヨルンガルドで行われたという魔力代替実験。
気になりすぎて実際にその現場を視察しに行った。
「まさか足りない魔力を人の命で代替するとはな……」
魔力に良く似て、非であるもの。
命力というらしい。
ヨルンガルドは魔導を生業とする国だけあって、保有する知恵や技術は最先端を行く。
そんなヨルンガルドは足りない魔力をその命の力で代替する方法を見つけた。
他国なら即禁術となるようなものだが、ヨルンガルドは近いうちにそれを実戦で使うだろう。
「あの国もまた別の意味で狂ってやがる」
秘密裏に行われたその実験に立ち会うのに、ずいぶんと苦労をした。
ラディカはレイデュラント家、そしてドラセリアを守るため、ドラグーンとは別の暗部組織に属している。
その才能があったし、それだけの努力をした。
すべては、兄妹たちを守るため。
「って言いつつ、たぶん俺はあの事故から逃げたかったんだろうな」
今でも夢に見る。
悔いても悔やみきれない。
自分がもっと早く気づいていれば。
もっと力を持っていれば。
「ミアハは足を失わずに済んだかもしれない」
命があるだけ奇跡だと医者は言った。
そのとおりなのだろう。
天から落ちてきた竜の尾に体を潰されて、かろうじて一命を取り留めた。
尾がかすめた足は跡形もなく潰れ、もう戻ることはない。
あの事故のあと、ラディカは一心不乱に鍛練に打ち込んだ。
もともと才能があると言われていた剣と魔術。
気づけば長兄フレデリクさえも超え、ドラセリアの秘密諜報機関――〈
――俺はドラグーンにはならない。
〈竜の喉〉も〈竜の耳〉も持たない自分には、そもそもドラグーンとしての資質がほかの兄妹たちほどない。
だが、もしそれがあったとしても、ドラグーンにはならなかっただろう。
「親父のあとは兄貴が継げばいい」
自分はほかの兄妹たちを支える影になる。
たとえ表舞台に出られなくとも構わない。
「適材適所ってな」
それでもいつも心配になるのは弟のミアハのことだ。
本来であれば、ミアハはこんな屋敷に閉じこもってひっそり暮らすはずではなかった。
――あいつが誰よりもドラグーンに向いてたんだ。
兄弟の中で一番ドラグーンに憧れていた。
そのうえ、ドラグーンの申し子と呼ばれるほどに竜乗りとしての才能にあふれていた。
長兄フレデリクも、ミアハが片足を失わなければドラグーンにはならなかったかもしれない。
「兄貴は争いごとに向いてねえからなぁ」
才能こそあるが、そもそも気質的に兵士には向いていない。
ドラグーンはどこまでいってもあくまで兵士だ。
ドラセリアの軍事力として、他国の害意から民を守る者。
「無理がたたらなけりゃいいが」
フレデリクは無理をしている。
あの事故さえなければ、レイデュラント家の公爵として政務に勤しむだけの方が良かった。
「親父もそう思ってたんだろう」
兄妹四人。
それぞれがそれぞれに適した方法で家を守る。
だからフレデリクには竜乗りとしての技術をあまり教えなかった。
「親父も戦争は嫌だったのかね」
兄妹全員がドラグーンになることを頑なに拒否していた。
それが王家の要請であっても。
もしかしたらレイデュラント家当主としての責務と、子を持つ親としての気持ちとの間で、ずっと苦しんでいたのかもしれない。
それでも結果として、一週間後にフレデリクはドラゴン・レースに出る。
ドラセリアを象徴するドラグーンになるために。
すべてはレイデュラント家を守るために。
「やめだやめだ、とりあえず寝ちまおう」
ラディカはそう自分に言い聞かせて枕に頭をうずめた。
◆◆◆
異変があったのは夜も更けたころだった。
――あ?
足音。
極微小な音だ。
しかしラディカの耳はそれを捉えた。
――あいつらのものじゃねえな。
屋敷に住んでいる者の足音はすべて記憶している。
人間は歩くときに一番癖が出る。
兄弟たちのものでもなければ、執事や侍女のものでもない。
――ウチに侵入たぁ良い度胸だ。
ラディカはすぐに音もなくベッドから抜け出て、懐から短剣を抜いた。
たとえ寝ているときでも武器は手放さない。
それがドラセリアの密偵としての矜持だ。
――行くか。
ラディカは音もなく自室から出た。
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