第8話「西の丘の竜舎にて」

 次の日。

 ミアハはフレデリクの頼みごとをこなすべく、屋敷より少し離れた場所にあるレイデュラント家の竜舎へ来ていた。


「やあ、こんにちは」

「これはミアハ様、ようこそいらっしゃいました」


 専属の竜育師りゅういくしに声をかけ、竜舎の中へ入る。

 身体の大きな竜のために作られたその施設は、すべてのものが基本的に大きい。

 レイデュラント家の竜舎はドラセリア王国の西の丘上にあり、西方国境線としてそびえる山からの吹きおろしが涼やかに吹いていた。


「フレデリク様の竜を見にいらっしゃったのですか?」


 竜育師の統括をしている初老の男に訊ねられ、ミアハはうなずきを返す。


「〈アルマージ〉なら奥におります」

「わかった」


 アルマージとは竜の名前である。

 かつて数世代前のレイデュラント公爵が王家より賜った竜の子孫にあたる。


「ちゃんと世話してるみたいだね」


 竜舎の中を杖をついて歩きながら、ミアハが竜たちを見て言う。


「それがわたくしどもの誇りですからね」


 初老の竜育師が恥ずかしそうに笑った。

 今レイデュラント家が雇っている竜育師はほとんどが先代当主によって召しあげられた竜育師で、みな腕がいい。


「あ、でもあの竜は少し外の風に当たらせた方がいいかもしれない。ちょっと機嫌が悪そうだ」


 と、ミアハが右側の藁山で目を閉じていた竜を指差して言った。


「かしこまりました。ミアハ様が言うならそのとおりなのでしょう」


 ミアハはときどきこの竜舎に来ては竜の様子を見る。

 それがレイデュラント家の三男としての仕事でもあった。


「あっちの竜は少し『竜食』の味を変えた方がいいね。今の竜食の味に飽きてきてる」

「それはまた、困ったものですねぇ」

「食料難を逃れた竜は、往々にしてわがままになるものさ」


 竜はもともと、世界各地に多く散らばっていた。

 しかし増えすぎた竜は、あるとき食糧難に見舞われる。

 竜は身体が大きく、燃費が悪い。

 さらに生態系の頂点に位置し、食おうと思えばたいがいの動物は捕食できるが、やがて増えた竜が動物たちを食い荒らすうち、生態系そのものが破壊され、結果として竜の食料も減った。


「我々が食べられてしまう前に手を打ちましょう」

「それがいいね」


 その結果、竜は二つの派閥に分かれたという。

 そのまま世界最強の生物として生き、すべてを喰らい尽くして滅びようとした者たち。

 そして当時から精密な魔術の使い手として存在していた人間と共存し、生き抜こうとした者たち。


「竜食の貯蔵は十分?」

「はい、その点は抜かりなく」


 竜食と呼ばれる竜の新たな食料がある。

 これはドラセリア王国が開発したもので、術式を利用した人工食料だった。


 そう、人と共存しようとした竜たちを最初に救ったのは、この〈人と竜の国〉ドラセリアだった。


「最近はいろんな効能のある竜食が出てきて彼らも喜んでる」

「ドラセリアの魔術士たちも喜びますね」


 生成には複雑な過程を要するが、開発から時間が経った今は量産体制も整っており、当面の問題はない。竜たちの食料難を解決に導き、そして竜との共存を実現させた、ドラセリアの魔術士たちの傑作。


「ここからは一人でいいよ。あんまり竜語をしゃべってるのは見られたくないんだ」

「心得ております。それでは、わたくしはここでお待ちしておりますので」


 ミアハは初老の竜育師と別れて竜舎の奥へ向かう。

 やがて正面に大きな両開きの扉が見えた。

 それを開けて中へ入ると、天井が一面ガラス張りになった広間がある。

 敷き詰められた藁はどこよりも多く、竜が飛び立つための飛翔台が奥の方にあった。


『やあ、久しぶり、アルマージ』


 広間の中へ入り、扉を閉めたあと、ミアハは飛翔台から流れてくる風に白い髪を揺らしながら、ゆっくりと発声した。

 それは、人の言葉ではない。

 竜が竜同士でコミュニケーションを取るために使う、独自の言語――〈竜語〉である。


『ミアハ様』


 すると、広間の脇の方に積もった藁の中から一体の竜が顔を出した。

 体色の青い成竜。

 大きさはそこらの一戸建ての建物と同じくらいで、翼を広げれば優にそれを超えるだろう。


『様づけはやめてくれって言ってるだろう。君は竜、おれは人間、そこに貴賤はなく、おれたちは同じ位置に立っている』


 ミアハはその青い竜に近づきながら、苦笑して言った。

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