第4話「風の強い日、悲劇」
あの日は肌に刺さるような強い風が吹いていた。
竜と人の国ドラセリアから、兄妹四人で外遊を楽しむため、隣国へ向かっていた最中のこと。
旅行がしたいと言い出したのは末妹のルナフレアだった。
彼女なりに母を失って意気消沈していた兄たちを元気づけたかったのだろう。
先頭の馬車には長兄フレデリクと次兄ラディカ。
真ん中の馬車には三男ミアハと末妹ルナフレア。
最後尾の馬車に護衛を兼ねた専属の従者たちが乗っていた。
穏やかだった旅路に異変があったのは、もう少しで隣国との国境線にたどり着く、というときのことだ。
空で轟音が鳴った。
「なにごとだっ!」
まっさきに馬車から飛び出してきたのは長兄フレデリクだった。
誰よりも兄妹たちの身の安全に意識を配っていたフレデリクは、血相を変えて先導中の従者に訊ねる。
そんなフレデリクに、従者は震える声で言った。
「フレデリク様……や、野生の竜です……!」
従者から返ってきた言葉を聞いて、同じく馬車から頭を出していたミアハの中のありとあらゆるエネルギーが足に集まってはじけた。
「あっ、お兄ちゃん!」
「ルナ、竜だって! しかも野生!」
ドラセリアにいる竜は人と共存することを選んだ竜である。
かつての竜とその生き方が正反対であることから、『新竜』と呼ばれていた。
しかし、世界にはまだ野生の竜がいるとも言われている。
食料の枯渇によってその数を減らしており、めったに見られるものではない。
ミアハもまだ、野生の竜を見たことがなかった。
「おいミアハ! 野生の竜だぞ! しかも白と黒だっ!!」
ミアハが急いで馬車の外に飛び出すと、案の定前の馬車から次兄のラディカが出てくる。
こういう好奇心をくすぐられるものに真っ先に反応するのは、たいていミアハとこのラディカだった。
「こっちの方がよく見えそうだ! 早く来いよ!」
つり目と少し跳ねた金髪が特徴的なラディカが、興奮した様子で手招きしている。
ミアハは誘われるように兄の元へ駆けた。
そのときだった。
「ラディカッ! ミアハッ!!」
空に光が走る。
天に白と黒の竜が飛んでいた。
そして同時に、争っていたであろう二頭の竜の攻撃の余波が、自分たちめがけて飛んできたのに気づく。
「――あ」
空から落ちてきたのは黒い竜のちぎれた尻尾だった。
無論、大きさなど測るべくもなく。
かすめただけでも人の身体は
――落ちてくる。
ミアハにはその尻尾がたどるであろう軌跡が見えていた。
ドラグーンを目指す者には不可欠な空間把握能力と軌跡予測能力。
そしてミアハにのみ宿っていた不思議な力――〈風読みの眼〉。
おそらくそのとき、強風に揺られて落下点を何度も変えるその尻尾の軌跡を読めたのは、ミアハだけだった。
「っ!」
ミアハは走り出した。
向かう先は末妹ルナフレアが乗っている馬車だ。
次いで長兄フレデリクが動いた。
フレデリクが向かう先は次兄ラディカの元だった。
「伏せてろ!!」
長兄フレデリクがラディカの首根っこをつかんで思いきり放り投げる。
子どもが子どもを投げてもたいした距離などでない。
しかしそのときのフレデリクは、鬼神のごとき力強さでもってラディカをずいぶんと遠くまで投げた。
火事場の馬鹿力とはこのことを言うのだろう。
そして次にフレデリクは、ミアハと同じく妹ルナフレアの元へ駆けようとした。
しかしそのときにはミアハが馬車の中からルナフレアを引っ張り出し、その腕に抱えていた。
ミアハが再び空を見上げる。
――あ。
その瞬間、ミアハはルナフレアを兄の方に放り投げながら叫んだ。
「兄さん!! 来ちゃダメだ!!」
ルナフレアを受け止め、すぐさまミアハのもとへ駆け寄ろうとしていたフレデリクの足が止まる。
確固たる覚悟を持っていたフレデリクですらを止めるような迫力が、このときのミアハの声にはあった。
そして。
「ミアハッ!!」
後ろから聞こえた長兄フレデリクの声を最後に、ミアハは空から堕ちてきた竜の残骸に潰された。
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