第3話「ミアハ・レイデュラント」

「ミアハ様、明日のフレデリク様の当主就任式典についてですが――」

「ああ、うん。もちろん出席するよ」

「お体に障りますが……」

「構わない。フレデリク兄さんの当主としての初お披露目だ。少しくらいの無茶は許してほしいな」


 あれから五年。

 王家からの許しが出て、ついに長兄ちょうけいフレデリクがレイデュラント公爵となる日が来た。


「これで天国の父さんと母さんも一安心だね」

「……そうですね」


 ミアハは柔らかな笑みを見せて言うが、傍にひかえていた侍女はどこかさみしげでもあった。


「とにかく、おれは絶対にフレデリク兄さんの当主就任式典には出る。だから、杖を用意しておいてくれ」


 ミアハが侍女に言うと、侍女はちらりとミアハのそばの椅子に立てかけてあった杖を見た。


「ああ、は屋敷の中を歩くときに使うものだから。式典に出るにはさすがに無骨すぎるよ」


 本だらけの部屋で、ひときわ異彩を放つ竜木りゅうぼくの杖。

 ごつごつとしていて、少し灰色がかっている。

 ミアハにとってそれは相棒とも言えるものだったが、それで栄えある就任式典に出るのは気が引けた。


「かしこまりました。儀礼用の杖を用意しておきます」

「うん、ありがとう」


 ミアハが礼を言うと侍女は足音一つ立てずに部屋から出て行った。


「……ふう」


 一人になったところでミアハはふと自分の部屋の中を見まわす。


「やっぱり広すぎるな……」


 四方が本棚に囲まれた部屋。

 真ん中に木材で出来た丸いテーブルがあって、その上には朝から読み漁っていたいくつかの本が置かれている。

 灯火はガス灯だが、火気が散らないようにしっかりとガラスと金属で覆われていて、竜の姿を模した細工が刻まれていた。


「少し外の風に当たろう」


 ひとりごちてから椅子にかけておいた杖を取る。


「あ……」


 と、ミアハは手を滑らせて杖を床に落としてしまった。

 からん、と乾いた音が部屋の中に響く。


「……しまったな」


 常人と違って、ミアハが杖を拾いあげるのは少し大変だ。


「まあ、やるしかないか」


 ミアハ・レイデュラント。

 通称――〈悲劇の子〉。


 幼いころ父である先代公爵に『この子はいずれ世界最高のドラグーンになるだろう』と言わしめたその少年も、気づけば十五歳。

 彼自身もドラグーンに憧れ、あの青い空を竜と共に舞うべく厳しい鍛練をこなしていたが、ある日、彼はとある事故に巻き込まれてその夢を断たれた。


「よいしょっと」


 今の彼は床に落ちた杖を拾い、もう一度立ち上がるのにもひどく力を使う。


「……あし、生えてこないかなぁ」


 ミアハ・レイデュラントには、かつてあった左脚が、もうなかった。

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