Episode29

第96話

燈馬は哉芽の代わりに優芽を車で送っていた。


「先生送って頂いてすみません。タクシーで帰れたのに、兄が心配性で。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」


優芽は窓の外に目を向けている。優芽の中の何かが気になって、燈馬はつい聞いてしまった。


「そんな事は気にしないで。ねえ優芽さん。僕には優芽さんが何か抱えているように見えるよ。もしかして、哉芽君を愛してるの?ずっと自分の気持ちを抑えてきたんじゃないかな。」


燈馬の言葉に優芽は身体を震わせた。頬を涙が伝う。


「兄さんは兄さんです。でも燈馬先生には叶わないですね。私は紫雲紫耀の本当の娘じゃありません。私は師匠で育ててくれた父をずっと愛していました。私に生け花を教えてくれました。


私を娘として愛してくれました。そんな父を愛してる。父は茉白さんの為に最期まで苦しんで亡くなりました。そんな父を側でずっと見ていました。私は娘として生きると決めました。だから誰にも言わずに今日まで父を失った悲しみに蓋をしてきたんです。」


燈馬は直ぐにでも優芽を抱き締めてあげたかった。可憐で明るい優芽の中でこんな苦しみを抱えてるとは。


「辛い事聞いちゃったね。ごめん。愛してる人が目の前からいなくなったら本当に辛いよね。僕で良かったら何時でも話し相手になるから。優芽さんの思いに蓋をしなくても良いよ。淋しさを埋めたいなら、僕を頼って。」


優芽は燈馬の顔を見つめた。優しい瞳で前を見ている。嗚呼。お父様と同じ瞳だ。優芽は紫耀を忘れられない自分が苦しかった。


「ありがとうございます。私はお父様に約束をしました。家元として生きていく事と兄さんが幸せになる手助けをする事を。私はその二つを全うする事で生きて行けます。だから大丈夫です。燈馬先生も茉白さんを愛してるのに茉白さんの幸せを一番に考えて、支える決心をされたんですね。」


燈馬は苦笑いした。


「僕達は似た者どうしだね。茉白と哉芽君の幸せを考えている。同士だね。これからも宜しくね。僕は君の味方だよ。」


二人は笑いあった。

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