第62話

茉白は哉芽の瞳を見つめた。怖いくらいに綺麗で、触れたら哉芽を汚してしまう。そう思った。


「貴方のお父様は私を昔のままだと思っていたのね。もう19歳の少女はいないのに。哉芽君、貴方には幸せになって欲しいの。その相手は私ではない筈よ。」


哉芽は茉白から背を向けた。肩が震えている。


「茉白の言う幸せって何?家庭を持って、子供を持つこと?だったら僕は一生幸せになれないよ」


茉白は哉芽がまだ何か痛みを抱えている事に胸が押し潰されそうだった。


「家庭教師の女性の話をしたよね。父が僕から引き裂いたと思っていたけど、違うんだ。父の葬儀に彼女は現れた。


彼女は母の遠縁で父親の借金の肩代わりに僕の家庭教師をするよう母から言われて契約した。期間は10年でその間に僕の大学合格と2つの資格を取らせる事。


僕が母の知らない女性と付き合わない様に僕の性処理をして、夢中にさせる事。それが彼女の仕事だった」


哉芽は自分の顔を茉白に見られたくなかった。今の僕は情けなくて酷い顔をしているから。


「僕は高校入学前に入院したんだ。血液検査で異常が見つかったから精密検査をすると言われてた。入院中睡眠薬を処方された日があって半日記憶がなかった。目が覚めたら検査が終わってて、僕は家に帰った。その時僕は母の指示で去勢手術を受けさせられていたらしい。」


茉白は哉芽の背中を抱きしめた。


「もう言わないで。本当にごめんなさい。」


背中に茉白の温もりを感じる。哉芽は続けた。


「彼女は初めは仕事として僕の面倒を見ていた。でも次第に僕との将来を夢見るようになったと言っていた。彼女は母に認めて貰うために妊娠しようとしたらしい。でもピルをやめても妊娠しなかった。


彼女は母を問い詰めたそうだ。そして母が無理矢理別の男と結婚させて紫雲家から追い出された。僕に会いに来たのは母の入院を親戚から聞いて、僕なら彼女の言いなりになると思ったから。


離婚して子供を連れて僕と再婚して上げる。跡継ぎが必要な筈だから自分の子供を紫雲家の養子にすれば良い。僕は種なしだからって笑ってた。

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