第2話 スライム平原1

「武器よし。盾よし。防具よし。食料よし!」


 巨大な門が出た後、俺は家中を駆け回って装備を整えた。


 まず武器! ――中学生の時に修学旅行で買った木刀!

 次に盾! ――何故か倉庫に転がっていた鉄製の丸盾!

 次は防具! ――父さんが使ってたバイク用プロテクター!

 最後に食料! ――さっき握ってきた焼肉入りおにぎり!


 ……完璧だ。まさに完璧な装備の数々だ。門の先がいったいどうなっているのか分からないけれど、これだけの準備をしていれば万が一という事もないだろう。


 本当にこの先がダンジョンだったとしても、十分に対応する事ができるはずだ。


「……ふぅ。忘れ物は一切ないな」


 念のためにもう一度持ち物を確認したが、持ち忘れは一つもない。

 ふっ、まあそもそも持っていく物が少ないから当然なんだけどな。


 しかし……流石に緊張するな。いざ本当にダンジョンに行けるとなると。


 ……ダンジョンなんて、完全にフィクションの世界だと思っていたからな。まさか偶然助けた行き倒れの少女が本物の神様で、その神様からダンジョンと現実を行き来する力が貰えるなんて誰が思う? 想像とかできる訳がないよな?


 神様が実在すると知ったのは、本当に衝撃的だった。

 今も正直、あの子が神様だったと信じ切れていない。


 というか、この門の先は本当にダンジョン……で、いいんだよな?

 流石にここまで来てドッキリはないよな? 嘘だったら泣くぞ俺。


 ……危ない危ない。考えてたら不安になってきた。行動する前から未来の事を考え過ぎるのはよくない。それに、今からそれを確かめる為に行くんだろ、俺?

 だったら余計な事なんて考えず、ただ目の前の事にだけ集中していなきゃな。


「――よし。それじゃあ、行くか!」


 覚悟を決め、俺は先が見えない門の中に飛び込んだ。


 門の中はこう、なんとも言い表しようのない感覚があった。

 感触のない泡の中を移動しているような、そんなヘンテコな感覚だ。

 決して気持ち悪いとかはないんだが……とにかく不思議な気分。


 しかしそれも数秒――体感的に10秒程度だろうか。

 それくらい経つと、この不思議な世界にも終わりが見えてきた。


 無事に、ヘンテコな門の中を通り抜ける事ができたのだ。


 そして門の先に広がる光景を見た俺は、思わず笑ってしまった。


「ははははは! これは……マジか! マジなのか!?」


 門を通り抜けた先には――それはそれは見事な大平原が広がっていた。


 見渡す限り何処までも続く若草色の大地。見上げれば澄み切った青と綺麗な白のコントラスト。ただ3色の色だけが存在する、無駄な色の無い際立った世界。


 端的に、絶景、と言っていい。そんな素晴らしい景色が俺を出迎えた。


「は、ははは! 本当にダンジョンなんだな……!? すげー!」


 こんな見事な景色が見られるなんて、絶対にダンジョン以外有り得ない!


 そもそもウチの村――アマギ村の近くにこんな平原は存在しない。


 つまり俺が遠く離れた場所に一瞬で移動したのは事実で、その事実だけでもファンタジーの存在証明は成っている。有り得ないはずの事が現実に起きているのだ。

 これにわくわくしないはずがない……! 俺の気持ちは高まりっぱなしだ!!


「うん? あれはまさか……もしかしてスライムか!? 本物だ!」


 更に俺は、平原にモンスターらしき存在がいる事に気付いた。


 青みを帯びた、ツヤツヤとした艶のある丸いボディ。

 ぴょんぴょん飛び跳ねて移動する、愛らしいその姿。


 ……うん。何処からどう見てもスライムだった。色んなアニメやライトノベルを見てきた俺が言うんだから間違いない。逆にスライム以外の何に見えるってんだ。


 すごいな。現実で本物のスライムを見れるなんて……ちょっと感動してる。


「……というか、よく見ればスライムだらけじゃないか? この平原」


 一度意識して見てみると、あちらこちらに青い球体がいるのが分かる。


 頻繁に飛び跳ねるスライムもいれば、転がって移動しているスライムがいる。まったく動かないスライムがいれば、ぐで~っと溶けているスライムもいる。


 実にのどかな光景だ。差し詰め、スライム平原、といったところだろうか。


「早速戦ってみたいところだけど……どうするかな」


 せっかくダンジョンに来たんだ、実戦を経験してみたい。武器もある事だし。


 けどいきなりあれだけの量と戦うのは流石に無謀だよな? スライムは作品によっては結構厄介な敵として描かれる事も多い。まずはそこを見極めたいんだが。

 都合良く一匹だけ近付いて来たりしないかな。来てくれれば有難いんだけど。


 そう考えながら平原のスライムを観察していると――どん! と。

 突然、背後から衝撃を受けた。結構力強い衝撃だった。


「お、おわぁ!?」


 衝撃に驚いてたたらを踏む。なんとか倒れずに済んだ。


 な、なんだなんだ! いったいなんの衝撃なんだ!?


 慌てて振り返ると、背後に一匹のスライムがいた。

 平原にいるのと同じような青くて丸いスライムだ。


「スライム!? 後ろから来てたのか、気付かなかった!」


 他のスライムに気を取られている間に近付いて来たらしい。

 小さいせいか物音がまるでせず、まったく気付けなかった。


 ――油断してたな。ここはダンジョンなんだから警戒しないと。


 既に戦闘態勢に入っているのだろうか? スライムはぷるぷると丸い身体を震わせている。少なくとも友好的に話し合いに来たって感じの雰囲気ではなさそうだ。

 まあ例え話し合いに来たのだとしても、意思疎通ができないとは思うが。


「……なるほど、まずはお前が相手になってくれる訳だな? いいぜ、どっからでもかかってこいよ! 戦いは初めてだが、お前に負けるほど弱くはないぞ!?」


 己を鼓舞するためにも、俺は威勢よく啖呵を切った。

 木刀を正面に構え、切っ先をスライムへと向ける。


 スライムとの戦闘が始まる――


『――――――――――』

「――――――――――」


 ――しかし、戦闘の始まりはとても静かなものだった。

 どちらも動かず、ただ静かに相手の出方を伺っている。


 俺は攻撃のタイミングを計るためにまず敵の様子を伺う事を選び、恐らくはスライムも同じ事を選択したからこそ結果的に生まれる事になった、偶発的な静寂だ。


 漂う緊張感。重苦しい沈黙。

 俺の頬から汗が一滴、滴り落ちた


 ――そして。静寂を破ったのはスライムだった。


 ぴょんぴょんと飛び跳ね、そのまま勢いを乗せタックル――!!!


「――ふっ、甘い!」


 けど、そんな見え見えの攻撃をまともに食らうほど俺は間抜けじゃない。

 見た感じスライムの動きは遅い。なら、十分に対処する事は可能だ。


 俺は丸盾を使ってスライムのタックルを受け流す事にした。


 球体の身体が盾に触れた瞬間に角度をズラシ、衝撃と共にスライムの身体ごと後方へと弾く。こうすれば最低限且つ最小限の動きでスライムの攻撃を封じ込める!


 直後。俺は硬直したスライムに対して、有利な場所に陣取った。


「隙だらけだぞ、スラ公!」


 そしてその隙だらけな背中(?)に、渾身の一撃を叩き込む――!!!


「ぜぇいやぁああああああ!!! ……えっ」


 咆哮を上げながら全力で木刀を叩き込んだ瞬間。

 スライムの青色軟性球体ボディは軽々と弾け飛んだ。


 ……………………え?


「あ、あれ? これで終わり……なのか?」


 流石にそんな訳ないだろう、と思いつつ周りを見てもスライムはいない。

 いや無関係なスライムなら平原にはたくさんいるが、俺と戦っていたスライムがどこにもいない。少し前までスライムが居た場所に、僅かな痕跡が残るだけだ。


「いやいやいやいや嘘だろう!? 本当にあれで死んだのかっ!?」


 だってたった一撃だぞ!? たったの一撃!!!

 その程度の攻撃で死ぬと思うか、普通!?


 無双ゲームの雑魚敵じゃないんだぞ!?

 現実のダンジョンに出てきたスライムなんだ!!


 せめてもう少し、もう少し強くあって欲しかった……!!!


「幾らなんでも弱すぎるだろう……?」


 確かに渾身の力を込めたが、それでも一撃で死ぬなんて……。


 冗談だと思いたいが、事実としてスライムは何処にもいないんだよな。

 あのスライムは本当にさっきの攻撃で死んでしまったらしい。本当に。


 あまりのあっけなさ加減に、俺は釈然としない気持ちを抱いた。

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