現代社会で俺だけがダンジョンに潜れた場合
レイン=オール
1~30
第1話 退屈の終わり
「あー、退屈だなぁ。なーんか面白い事とかねえかなぁ?」
俺こと古賀虎太郎は、そんな事を呟きながら家近くの河川敷を散歩していた。
時間帯はお昼を幾らか過ぎた頃。今日は休日で学校もないのに、見渡す限り辺りには人っ子一人いやしない。河川敷を歩いているのは俺、ただ一人だけだ。
しかしそれもそのはず。なにせ俺が暮らすアマギ村は生粋の田舎。
住人は僅か100人程度。そのほとんどがじいさんばあさんで、俺みたいな未成年は10人にも満たない。しかも今日は俺以外の子供全員が近くの町のイベントに遊びに行ってるとかで村にいない。だから仮に人を見掛けても、高確率でお年寄りだ。
のどかでいい村なんだが……だからこそしょっちゅう退屈を感じるんだよなぁ。
どうにかこの退屈を紛らわせたい……。こんな事なら俺もイベントに付いていけばよかったか? でも来てるのは男のアイドルグループだったらしいからなぁ……。
「ん? あれはまさか……人が倒れてるのか!?」
俺が歩く河川敷の先で、誰かが倒れているのが見えた。
慌てて駆け寄ると、倒れていたのは見覚えのない少女だった。
だ、誰だ? 村でこんな嬢ちゃんは見た事ないんだが……。
アマギ村の住人は100人ほどと少ない。それはつまり、住人全員がお互いの顔を見知っているという事でもある。見覚えのない住人などいるはずもない。
だから俺は偶然村に立ち寄った外の人か、と当たりを付けた。
「――おっ、おい! 大丈夫か嬢ちゃん!?」
「…………う、うぅ」
声を掛けると少女が小さく呻き声を上げた。
何かを言おうとしているようだ。
俺はできる限り自分の耳を嬢ちゃんの口元に近付けた。
「なんだ!? 何が言いたいんだ!?」
「…………うぅぅぅぅ。…………はらが、へった」
「………………………は、はら?」
「いやー、満足満足! ほんとうにたすかったのじゃ!」
「……随分と食べたな。いやまあいいけどさ」
満足そうに自分の腹をさする嬢ちゃん。
俺はそれを呆れた目で見つめた。
空腹で倒れていたらしい嬢ちゃんを、俺は自分の家にまで連れてきた。
そして冷蔵庫にある食材で料理を作って出したのだが……まあこれが見事に食べること食べること。おかげで我が家の冷蔵庫はすっかりと空になってしまった。
これは後で食材を買い足さないとダメだな。夕飯の分がまったくない。
「さて、そろそろ真面目にせんといかんのう」
居住まいを正した嬢ちゃんが真面目な顔をする。
そんな彼女に釣られ、俺も姿勢を正した。
「少年、食事を恵んでくれてありがとうなのじゃ。おかげで命拾いができた」
「大袈裟だっての。俺は当然の事をしただけだ。礼を言われる事じゃねえよ」
それに正面からお礼を言われるのは照れる。勘弁してほしい。
「おぬしがそう思っていたとしても、わしが助けられたのは事実じゃ。ついては返礼がしたい。何か欲しい物はないじゃろうか? なんでも言ってくれてよいぞ」
「返礼って……だからお礼をされるほどの事じゃないって言ってるだろう?」
「分かっておる。その上で頼んでおるのじゃ。わしの気持ちが収まらんからな」
いきなりそんな事言われてもな。欲しい物なんてそうそう思い付かない。
というかお礼ってどの程度のものを要求すればいいのか分からないし、そもそもこの嬢ちゃんにそこまで資金力があるとは思えないから、下手な要求も出来ない。
だいいち、どう見ても年下の女の子にお礼を集る真似なんてしたくない。
俺は男だの女だのに拘りはないタイプだが、ちょっとカッコ悪いからな。
問題は……彼女がそれを言って諦めてくれるタイプには見えない事だな。
「ああ、そうか! わしが誰か知らんから要求し辛いのじゃな!」
「いやいや、違う違う。全然違うぞ? まったくの見当違いだ」
「確かにわしの見た目じゃ金持っとるように見えぬからな。迂闊じゃった!」
「話を聞いてくれ? だから全然違うんだってば。いやほんとに」
そういえば自己紹介もまだじゃったしな、と笑う嬢ちゃん。
確かに自己紹介はまだだったがそうじゃない。俺は年下の女の子にお礼をせびる状況が嫌なのであって、こいつ本当にお金持ってるのか、なんて疑ってないから!
いったいどうやってそんな勘違いに至ったんだ!? 謎過ぎるんだが!
「よかろう、ではおぬしに我が名を名乗ろうではないか! わしの名はニューイ。全宇宙を統べる最古にして最新の神。この世界で最も偉大な存在なのじゃ!」
「お、おう? ニューイ、か。あ、俺は古賀虎太郎だ。よろしくな」
ニューイ、ニューイか。凄いハイカラな名前だな。
確かに日本人の見た目じゃないとは思ってたけど。
「……少年、おぬし信じておらぬな?」
「いやいや信じてるぞ。最も偉大な存在だろ? 凄いじゃないか」
あれだろ、都会で流行ってる中二病ってやつだ。
本物を見たのは初めてだ。ウチの村にはいないからな。
「……まあ信じぬなら信じぬで、別に構わんがな」
そう言ったニューイの顔はちょっとしょぼんとしていた。
「まあそれはそれとして、じゃ。わしが何者かも語った事じゃし、改めておぬしの欲しい物を聞かせてくれ。それがどんなものであれ、言ってくれれば贈るのでな」
「そう言われてもなぁ。本当に欲しい物なんてないんだよな……」
村での生活にも不満とかないんだよな、別に。
そりゃあ何もなさすぎて暇なのは勘弁してほしいけどさ。
「まあまあ、物は試しじゃ。言うだけ言ってみるといい」
けどまあ、ここまで言ってくれてるのに何も言わないのは可哀想か?
せっかくお礼をしたいって言ってくれてるんだから、何か一つくらいは欲しい物を捻り出してみるか。例えやっぱり叶わなくても構わないんだしな。
「そうだなぁ……本当になんでも言っていいのか?」
「おお、ええぞええぞ。言うだけならタダじゃからな」
「それなら――ダンジョンが欲しいな」
俺の趣味、というか暇潰しはアニメやラノベを見る事なんだけどな。
それらの作品の中に、結構な割合でダンジョンが出てくるんだ。
立ち塞がるモンスター。張り巡らされたトラップ。そして強力なボス。
別に小説やアニメみたいに格好いい戦いをしたいなんて思ってない。思ってないけれど……やっぱり、そういう非現実的な世界に憧れないと言ったら嘘になる。
もし現実でダンジョンに潜れたなら、きっと楽しいと思うんだよな。
「ふむ。ダンジョン、とな? それはなんじゃ?」
しかしダンジョンと聞いてこくり、と首を傾げるニューイ。
「知らないのか? ダンジョンっていうのはな――」
どうやら知らないらしい彼女に、俺はダンジョンの事を教えてあげた。
しかし珍しいな。ダンジョンは今のサブカル業界じゃメジャーなジャンル。少しでもネットに関わる生活してれば早々知らないって状態にはならないと思うんだが。
よほど箱入りで育てられたのか、この娘? にしては誰も見守ってないけど。
「ふむ。なるほどな。……よし、よかろう! せっかくの縁だ、大盤振る舞いしようではないか! おぬしがダンジョンとやらに自由に行き来できる力を与えよう!」
「え? ニューイ、いったい何を言って――うおっ、眩しい!?」
ニューイが立ち上がり何かをした途端、パーッ! と光に包まれた。
咄嗟に目元を庇った。光が強すぎて目が焼かれそうだったからな。
それから一分ほどで光は消え、部屋は元の地味な空間に戻った。
「なんなんだ一体……あれ、ニューイ? 何処に行ったんだニューイ!?」
しかし、気が付けばニューイは何処にもいなくなっていた。
家の中を探し回っても何処にも見当たらない。
家回りの地面を見ても、外に出て行った様子はない。
残された空のお皿だけが、彼女の存在を物語っている。
「消えた……? 嘘だろ、だって物音一つしなかったぞ?」
さっきは突然発生した光に意識が向いていた……、が。
それでも、近くの物音を聞き逃したりはしない。
つまり、彼女は物音一つ立てずに立ち去った事になる。
そんな事が出来る存在はと言えば――?
「まさか、本当にあの嬢ちゃんは神様だったりしたのか……?」
――それくらいしか、思い当たらない。
あれは単なる中二病的な発言じゃなかったのか。
てっきり子供が作った設定だと思っていたのに。
「……確かダンジョンに行き来する力を与えるとか言ってたよな?」
神って自己紹介が事実なら、まさかあれも本当の事なのか?
いや。ここは現実だ。そんな事がある訳が……。
「……ふぅ。よし。俺に宿る力よ、俺をダンジョンに連れて行ってくれ!」
――シーン。何も起きない。部屋は元のままだ。
「は、はは。そうだよな。そんなアニメみたいな事が起こる訳――」
そう口にした次の瞬間、ブオーンッ!!! と。
轟音を立て、虚空から大きな門が出現した。
「ま、マジかよ。本当に何か出てきやがった!」
半分以上冗談だったのに、本当に出てくるなんて!
つまりニューイは本当に神だったって事か!?
そしてあの少女が神なのが事実だとすれば、俺にダンジョンを行き来する力が与えられたのも事実のはずで――イコール。この先には本当にダンジョンが……!?
「おいおいおい、これは面白くなってきたんじゃないか――!?」
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