第5話 ケッセン前夜
2106年トウキョウ・アダチ区
タツヲとのタイマンに破れ、気を失っていたソラハはまだ鈍痛が響く頭を持ち上げながら病室を出た。薄暗いコンクリートの壁に手をつきながら歩くとすぐ外へ出ることができた。
外は先ほどの無機質な病室に比べて活気に満ち溢れていた。すでに日が落ち始めていたが、宴会か何かかと勘違いするほどの熱気であった。
実際には自警団の男たちが大量の武器や破壊兵器を駆け回りながら集めている様子であった。何とも忙しく、明日にも決戦に臨むために早急に戦闘準備を進めているようである。
「・・・なぜ、なぜ武器を———」
ソラハは頭を抱えながらぼんやりと周りの光景を見ると後ろから声がかかる。
「そりゃあよ、オメェの作戦に乗ったってことだろ」
声の主はタツヲであった。
「悪かったな、さっきの・・・でも効いたろ」
頭を抱えるソラハに気まずそうに謝罪するタツヲ、次の瞬間にはニカッと笑いながら言った。
「どいつもこいつもヤル気に満ち溢れてやがる———やっぱ皆、この6年間分の鬱憤を晴らしたいんだろうぜ!」
左手で拳を作る彼の腕には太い血管が浮き出ている。ソラハは手を合わせてお辞儀をする。
「アリガトーゴザイマス。これでやっと戦える・・・・・・」
「仇のため、か?」
心を見透かされたようでソラハの瞼がピクリと動く。
「俺もそうだ、ここで戦ってる奴はみんな、そんなもんさ」
タツヲは仲間の方を見やる。ソラハにはその表情が見えなくなる。
「俺の両親はな、自衛アーミーだったんだ。俺たちが生まれる前にデカイ災害があってよ、親父やお袋はそんな危険なところへ行って何のためらいもなく人助けをできるような人たちだったんだ」
タツヲは自分なりの拙い言葉でソラハに伝えたいことがあるようであった。
「日魔戦争では武器を持って戦ってな……きっと銃を持つより体張って人助けしてる方がよっぽど向いてたんだろうぜ、初日で死んだ。シンゾーさんから聞いたんだ」
再びタツヲはソラハの方へ振り返る。そこには暑苦しい日差しのような笑顔は無く、沈みゆく夕日に照らされ眩しいのか、目を細めた無表情であった。
「そんなシンゾーさんも娘さんを亡くしている。当時まだ6歳だったとよ」
「辛いのはお前だけではないとそう言いたい訳だ」
ソラハは先ほどまでの恥態を見られていたことに気づいた。
「すまんな、覗くつもりじゃなかった。それに、言いたいことはそういうんじゃない。苦しさや空しさっていうのは誰かと共有するもんだって事だ。特に、今のような時代にはな」
ソラハは押し黙る。沈みゆく夕日は顔を照らし、その眩しさで視界がゆがむ。ソラハは今一度静かに涙を流した。タツヲは今度こそその泣き顔を見なかった。
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———
「それじゃあ~決戦前夜ということで、えーと、おい!ソラハお前代われ!」
自警団の食堂。タイル状のポリ塩化ビニルの床には所々亀裂が入っており、かなり年期の入ったものであることが分かる。その上にはパイプ椅子に安っぽい机と、この空間そのものが仮設のものであることを示している。キッチンと食事席を遮るカウンターには"衛生管理重点"、"働いたら食べてよい"などの風化したポスターが張り付けられている。
「なんで私が……」
ソラハはグラスに注がれた蛍光色の液体を掲げながら渋々音頭を取る。
彼女を中心とした食堂には百数人の自警団メンバーがそろっている。それぞれが手にグラスを持ち、乾杯の時を今か今かと待ちわびているのだ。
「いいぞー!」「おい!乾杯前に飲むなっ!」「いいだろーよもー」
ソラハは席を立ち、周りを見渡す。先ほどまでの病室とは異なり、ここは人間たちの活気で満ち溢れている。思えば日魔戦争で両親を殺されてからこんな空間に来るのは初めてであった。里の修行中も、皆表情一つ変えず仇討ちのために己を鍛え上げ、ゆっくりと食事を摂ることもままならなかった。
ここにいるのは皆デーモンに大切なものを奪われた者たち。笑顔の裏で燃やすは闘志、言葉にせずとも通じ合う何かがそこにはあった。ソラハはそれを肌で感じ取り、ゆっくりと口を開いた。
「自己紹介がまだでした。私はマカゲ・ソラハ、ニンジャです」
その台詞に周りが「おおっ」と騒めく。
「私はデーモンによるこの国の実質的な支配体制を破壊するため、里より遣わされました。・・・・・・トウキョウ東部へ来てからは復讐心に駆られ、ただひたすらデーモンを殺すのみでしたが、遂に契機が訪れました。この千載一遇のチャンス、共に戦ってくれること感謝します。」
浮足立っていた周囲の自警団メンバーの目が据わり始まる。
「ここにいる皆さんはそれぞれ思惑があるやもしれませんが、根底ではきっと同じ思いを抱えていると存じます。それこそが互いの背中を預け合うのにふさわしい動機であることもまた理解しました。どうか、明日。皆の命を私にください」
躊躇い慄く者はいない。一瞬の静寂の後に、食堂は一足先の勝鬨によって支配された。
「「「「「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」
それを合図に宴が始まる。あちこちで一升瓶が投げられ怒号が飛び交う。数分後にはビンがカチ割られる音が方々で鳴り響いた。これこそアダチ区伝統の宴の様である。
キッチンの奥からは恰幅の良い女性、サチコさんが寿司桶をもって現れる。騒ぎまくりの自警団メンバーに喝を入れながらこちらに近づいてくる。
「アンタら!!少しは落ち着きなさいよ!!ほら、寿司だよ!合成ネタだけどね!」
度重なる研究によって見た目と味を可能な限り本物に近づけた合成マグロ、サーモン、タマゴなどの寿司が大量に詰められた寿司桶が机に置かれる。
スシとはニホンジンの心であり、伝統そのものである。冠婚葬祭や何かの節目に食べられることで有名なごちそうであるが、ニホンジンは寿司を効率的に吸収するように消化器官が進化しているために、これを食すことで体の免疫や回復速度を高めることができるのである。
「おっと、サチコさんの寿司は絶品だぜ!おいソラハ、お前も食えって……えぇ!?」
タツヲが寿司桶を受け取ったが、時すでにオスシ。桶の中身は空っぽであり、ソラハの方を見やると無表情のままハムスターめいて頬に寿司を詰め込んでいた。
「てめぇ!食い意地張りすぎだぞっ、おい皆!こいつ寿司桶から引っぺがせ!!」
「モガッ!フゴゴゴッ!!」
ソラハの食い意地は実際動物であった。無限にスシを頬張る彼女をタツヲ含めた複数人で引き剝がそうとするもニンジャマッスルによってこれを拒否!!
結局はスシ争奪戦と成り果て、宴はたけなわを迎えた。
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———
数時間後、空の寿司桶や一升瓶、酔いつぶれた自警団メンバーが床に転がる惨状の食堂の外、夜風に当たりながらソラハはゼッペキの方を睨む。隣にはタツヲがいた。
「ビックリだったぜ、まさかあんな大喰らいだったとはな」
「里では食事は早い者勝ちだから……」
夜の冷たい風が何度も肌を撫でる。そのたびに浮ついていた心が静まっていくのを感じる。ソラハはタツヲの方を振り返りながら言う。
「タツヲ……あなたが先程言っていたこと、少しだけだけど分かった気がする。戦う意味、今一度考えてみるべきかもしれない。」
「そうか……まぁ、まずは明日の作戦を成功させないとな。」
「そうね」
夜はまだまだ冷える。程ほどに落ち着いたところで二人は食堂に戻った。
明日、正確には今日。ケッセンが始まる。
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