第4話 ダンビラと大男
トウキョウ・カスミガセキ
かつて国を政を行う場所として静かながらも厳かな雰囲気を醸し出していた国会議事堂はデーモンの手により改造されていた。テッペキを凌駕する高さのシン国会議事堂は全長4000 mにも及ぶ。ニホン最高峰を誇り、その象徴であるマウント・フジを超える建造物はデーモンによる実質的な支配体制のシンボルとして君臨していた。
地上から延びるサーチライトはファンタジースモッグによって生み出された暗闇の中で屹立するシン国会議事堂を煌びやかに飾り、ヤマノテ・ラインのどこからでもその存在を確認することができる。
議事堂最上階、赤い絨毯と青緑に輝く謎の黒い石で構築された豪華絢爛な部屋の中でデーモン軍外交長官のカリス・マジェスティは現スゴイ・エライ・ソーリダイジンであるスズキイクゾウ(52歳)の尻を掘っていた。
「ッッアッーー!!ッッアアッーーー!!!」
イクゾウは断末魔めいた声をあげながらカリスの猛攻を尻で受けていた。
その時、高い高い天井より声が聞こえた。
「カリス様、お耳に入れたいことが。」
その姿は漆黒の羽毛に包まれた鳥人であった。鳥人は天井に逆さまでぶら下がっていたが、カリスがイクゾウの尻を攻めるのを辞め、その存在を確認した時には既に床に降り立ち片膝を地に付けたフクジュウのポーズをとっていた。
「ヤタガラスか、何用だ。ワガハイは今忙しいのだ。この言い訳がましい謝罪だけが取り柄の中年を調教せねばならない・・・」
カリスは青色の肌に浮かぶ玉汗を振るい、イクゾウの頭を握りしめる。
「ヒッヒイイィイイ!!もう、もう無理ですカリス様っ!!」
「ほう、ワガハイの前で弱音を吐くとはな、国家元首としてワカラセねばなァ!!!」
ヤタガラスはカリスの悪趣味がまた始まる前に切り出した。
「ゼッペキの一部が破壊されました。アダチ区に面する北方です。」
その言葉を聞き、カリスは手を止めてその瞳にヤタガラスを映す。
「ほぅ、マチダシティからの刺客か?」
「えぇ、カンダ・ステーション内の監視カメラから、可笑しな格好でサツガイトレインに乗り込むジョシコーセーを発見いたしました。」
「来るか・・・"テング"の申し子よ———」
議事堂の頂点にカミナリが落ちる。次第に豪雨が降り注ぐ。カリスは不自然な程に口角を上げながら血で血を争う闘争の予感を青肌で感じ取っていた。
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トウキョウ・アダチ区
トウキョウ心臓部から僅かに外れたこの街は都心から戦力外通告された弱小悪性デーモンであるテナガゴブリン。通称アダチクミンが跋扈していた。
彼奴等は強盗、拉致監禁、強姦、放火、殺人と考えうる犯罪の殆どを犯していた。特にアダチ区ではチャリンコ・窃盗が横行しており、それだけを生業とするアダチクミンによる犯罪グループが存在していた。
「ヒャッハー!!てめぇのチャリンコは頂いたぜぇぇえ!!」
「あぁ!チャリンコ・ドロボーよぉ!」
自警団による週に一度の配給を受け取りに来ていた主婦が叫ぶ。寸胴を下ろして配給場に行く際中、チャリンコの鍵を閉め忘れたことに気づいて即座に戻ったところ、アダチクミンによって自身のチャリンコが奪われるところであった。主婦が降車しおよそ3分間以内の出来事である。
「この街でチャリンコに鍵をかけないたぁ、とんだブ・ヨウジン!!あばよババァ!」
アダチクミンは自前のヘルメットを両手離しで運転しながら装着し、後方の主婦を煽り立てる。後はこのチャリンコをアジドへ持ってくだけだと高を括ったアダチクミン。前を振り向くとそこには鈍色の玉鋼があった。
ブレーキを踏むが間に合わない、アダチクミンはその塊に顔を打ち付ける。宛らラリアットである。
「ぶふぅう!!??」
操縦者を失ったチャリンコは次第に速度を緩め、よろめいて倒れる。それと同時にアダチクミンが立ち上がり、塊の正体を見た。
「てってめぇは———!?」
「この街で悪行を働くたぁ、とんだブ・ヨウジンだなぁ!!」
鈍色の塊の正体は特大のカタナであった。刃幅は7 cm!刃渡り2 m 40 cm!!全長はまさかの3 m!!!
それはまさに"ダンビラ"と呼ばれる大太刀であった!!!
「安心しなぁ、峰打ちだぜ———」
そんな特大の獲物を持つ男もまた巨漢!身長は2 mを越しているだろう肉体に、長い茶髪は頭の後ろでまとめている。
由緒正しき男児の勝負服である"ガクラン"を腕まくりで纏い、大胆にも前ボタンを開いて見事な大胸筋とシックスパックを披露する!そして腹部に包帯で巻いた週刊誌、その出で立ちはまさに、はるか昔に絶滅したと言われる"ツッパリ・バンチョー"そのものであった!!
「なぁにが峰打ちじゃボケェ!!そんなダンビラで峰打ちしたら死ぬだろうがぁ!!」
アダチクミンは激高しながら懐からチャカを取り出す。このように弱小悪性デーモンは己が肉体に自身がないのですぐに武器に頼る。なんとも弱小!ジョージャク一歩手前である。
カタカタと震えながらチャカを構えるアダチクミンに対し、最高のシチュエーションだとばかりに目をかっ開きながら輝かせる大男。興奮をなるべく抑え、大男はダンビラの切っ先を向け、不敵なニヤツキ・フェイスと渾身のハスキー・ボイスでアダチクミンに問いかける。
「なぁ兄ちゃん・・・チャカとダンビラ、どっちが強いと思う?」
「オンドリャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!シネェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!」
バキュゥゥゥン!!
チャカより放たれた銃弾!
それと同時に悦に浸っていた大男の腕に大量の血管が浮き出る!
血管の隆起は腕から全身に広がり、それに呼応するように重く、鈍いはずのダンビラが目にも留まらぬ勢いで横一文字に薙ぎ払われる!!
「ドッッセェェエエエイ!!!!」
その分厚い刀身に銃弾は打ち砕かれ、アダチクミンの首も遅れて飛び跳ねた!!
振るわれたダンビラは実際なまくらであった。しかし圧倒的質量と大男の馬鹿げた筋力は刃の研ぎ具合など関係なしにその運動エネルギーで相手の首を断絶したのである!!
プシュゥゥゥゥウウ!!!
血しぶきを上げながら力なく倒れるアダチクミン。大男は右手でダンビラを肩に載せ、左手で鼻下を親指で擦る。
「このタチカワタツヲの目が黒いうちは、悪行なんて許さねぇぜ!一昨日来やがれこのスットコドッコイ!!」
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アダチ区。広い面積を誇る街々には自警団と呼ばれる自衛アーミー崩れのニホンジンによる統治が行われていた。昔のニホンと比較して実際治安は悪いが、デーモンによって価値無しと判断されたジョージャクは皆トウキョウ西部の辺境に押しやられている現状を鑑みると、ニホンジンが暮らしていられるだけの設備や治安を保っている自警団の統率力が分かる。
そしてここはアダチ区自警団の本拠地、今ここに黒色マントに身を包んだクロカミ・ツインテの少女が踏み込んだ。
タツヲがアジドに帰還すると何やら騒がしい様子であった。偶々交代の時間であった門番の同僚と話しながら大広間へ向かう。
「なんでもゼッペキを破壊したとかいう女が来てるらしいぜ。」
「ハァーン?強ぇ女か———悪くねぇよな。」
タツヲは眉唾な話を既に信じ込んでいるらしい。そうだコイツはバカだったと同僚は肩を竦めた。
到着した大広間では小柄な少女を大の大人が10人態勢で取り囲んでいた。最も少女に近い男性は自警団のリーダーであるシンゾーさんである。件の少女は筋骨隆々の男に囲まれているというのに緊張している素振りは無い、脱力の極地でありながらその待機姿勢に一切の隙が無いことをタツヲは直感的に理解した。
すでに話は終盤に差し掛かっているらしく、シンゾーさんは頭を掻きながら少女が言い放った言葉をオウム返しで確認していた。
「———で?何だ、嬢ちゃんはサツガイトレインをぶっ壊してテッペキに穴を空けた張本人で、そんで俺たち自警団の力を借りてシン国会議事堂を襲おうと言うのか。」
少女はコクリと頷きマントの中をまさぐり、先ほどサツガイトレイン内で作製した自慢のネリケシを取り出す。
「あなた方は残存するニホンジンの中でも選りすぐりの戦闘種、ぜひニホン開放のために共に戦ってほしい。———今の私が出せるものはこれしかない。」
自警団の男たちは目を丸くしてネリケシを見つめる。もちろんこんなものは要らない、ただ一人を除いては。
「ほぉ、いいネリケシじゃんかよこれぇ。」
タツヲはソラハの頭上を通すようにネリケシをその手に収める。グニグニと弄びながらシンゾーさんたちの方へ向き直る。
「誰一人だってこのままデーモン共にニホンを支配させたままにしようだなんて思っちゃいねぇよな。皆が気になってんのはズバリ嬢ちゃん、アンタに乗っかって命を預けても良いかって話なんだよ。」
目を細めながらダンビラに手を掛ける。視線だけがゆっくりとソラハへ動き始める。両者の間に異様な空気が流れ、戦闘に慣れた自警団メンバーはかすかに鼻をチリリと掠める緊張感に一斉に唾をのむ。
「……嬢ちゃんではなく、ソラハだ。マカゲソラハ。」
「そうかい、オレはタツヲだ。」
タツヲの目がカッと見開く、それが開戦の合図であった。
重機めいたメリハリとした動きに合わせてダンビラを一回転!およそ3 mを360度刈り殺す一撃が放たれる。周りの大男共は事前にさっきを感知し飛びのいた。
タツヲは別にソラハを殺すつもりはなかった。想定では彼女の眼前に途轍もない風圧と共にダンビラの峰をデリバリーしてビビらせてやろうとしていたのだ。しかしタツヲの凄まじい筋力によって水平状態を保ちながら空間にぴったりと固定されているダンビラの上にはウデクミの構えを取るソラハ!!
「随分なアイサツ、アリガトーゴザイマス。次はこちらから行かせてもらう!!」
ソラハはダンビラを足場に空中へ飛び立つ。それと同時に漆黒に包まれたマントの中からクサリのついた特殊分銅が二本投擲される。縄めいた動きでそれぞれのクサリがタツヲの腕に絡みつく!ニンジャ・マッスルによってツナヒキされそうになるタツヲは咄嗟に歯を食いしばり体制を崩さないように踏ん張る。
それが間違いであった!!
全力でクサリを引き、タツヲが踏ん張る。それを見越していたソラハは一連の動きを反動にタツヲのガラアキボディへと急速接近!イノシシめいた突進に合わせての右肘による鳩尾への痛恨の一撃を狙う!!
「セィィイハァァァァ!!」
「ゴボォォ!?」
タツヲが腹に巻き付けた週刊誌の少し上ほど、人間共通の弱点にソラハの右肘が深く突き刺さっていた。ソラハは勝ちを確信し、肘をズププと引き抜いた。
グォォォォオオ!!!
その瞬間タツヲの2 mを超える巨体が俊敏に動き出す。
「ダッシャァァァァア!!」
男の意地で気絶を免れたタツヲは眼底直下にいるソラハの両肩を、硬貨をたやすく折り曲げる握力で抑え込む!ググググッ!!!
「グゥウアァ・・・・・・!!」
ソラハが力なくうめき声を上げたその時。
「オトコォォォォォォォオオオ!!!!!!」
タツヲのマジ・頭突きがソラハの顔面に直撃する!!
バキィィィィイ!!!
「ガッッハァ……!?」
ソラハは白目をむき、タツヲに捕まれたままで気絶した。何たる慢心!!ニンジャの敗北である。
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———
「―――ッハ!?」
ソラハは目覚めると同時に跳び上がり、腰を低くした臨戦態勢を取る。柔らかいとは言えない高反発かつギィギィとなる足元は、先ほどまで眠りこけっていた地面が無機質な金属骨格のベットであることを明示していた。
辺りを見回すが誰もいない。頭上の白色電灯は不定期に点滅し、コンクリートを打ちっぱなしにした部屋を断続的に照らす。どうやらここは病室のような役割の部屋らしい。
ソラハは頭の奥から響く鈍痛に思わず額に手をやる。そうすると先ほどの戦いを思い出す。ゆっくりと臨戦態勢を解き、ベッドの上に胡坐をかく。
すると止めどなく眼球の裏側から熱い涙が湧き出てくる。重力に従い手の甲に落ちる行く雫は大粒であり、それは滅多に使われることの無い涙腺が久しく活性化している証拠であった。
そう、ソラハは泣かない。特に人前では。
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両親はデーモンに惨殺された。迫りくる悪魔めいた形相に、父は妻と娘を守るために立ちはだかった。喧嘩なんてしたこともない、痩せた只人であったのに。袈裟切りをまともに喰らい、左肩を垂れ下げながらも父は何度もデーモンに体当たりをした。
三度目の体当たりをし終えたところで父の頭はデーモンの手によって握りつぶされた。指の間からは脳みそが散らばり、飛び出した眼球は確かにこちらを見据えていた。
母は私に覆いかぶさった。父であったものを見せないためである。しかし夫が散った意味を遅ればせながら理解した母は即座に私の手を取り駆け出した。すぐにデーモンの爪が母の背中を捕らえた。
母は叫ばなかった。手に握る宝を失わないためにただひたすら逃げる。デーモンは嗤う、嗤う嗤う。
手負いの獲物、それも雑魚。追いつめて追い詰めて殺せばいい。先に娘を殺すのもよいかもしれない。目の前で喰い、犯し、また殺すのだ。
白く清らかであった母の背中には無数の傷が切り刻まれる。その命がわずかだと悟ったその時、娘に、私に言ったのだ。
"生きて"と
それからの記憶はない、気が付いたらマチダシティにいた。シハンは渋谷にいた生き残りや子供たちを避難させていた。残った大人たちは子供の手前、失意の底に落ちている暇も無いのであちこちを駆け回っていた。
周りの遺された子供たちが復讐を誓う中で、私は何も出来なかった。空虚な肉の器でしかなかった。
しゃべらず、食わず、飲まず、夜になり誰も私に見向きしなくなると途端に大粒の涙が零れ落ちた。
お腹がすいた。のどが渇いた。眠い。歩きすぎて足が痛い。擦りむいたのか膝も痛い。お父さんに会いたい。お母さんに会いたい。絆創膏を貼ってほしい。一緒に居てほしい。どうして傍にいてくれないの。
憎い、憎い、ニクイニクイニクイ憎い憎い
こぶしを握り締めると驚くほどの力が出た。柔らかい掌の皮膚を引き裂き鮮血が滴る。
コロス、殺してやる。
顔を涙と鼻水で汚しみっともないと分かっているのに涙は止まることを知らない。
一番憎いのは弱い私自身であった。
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———
「~~~っっ!!」
声にもならない嗚咽を漏らしながらソラハは両手で何度も涙をぬぐう。しかし止められない。自分でもこうなるとどうしたら良いのか分からないのだ。
自分の至らぬ弱さと、泣けば済むという深層心理に虫唾が走り、さらにみじめになり涙が零れてしまう。
そうした弱さは人間がみな平等に持つものであるということをソラハは知らなかった。いや、知ろうとしなかった。強くあろうとしたのだ。
その結果がこの体たらくである。
ソラハは肩を抱き、弱々しく呟く。
「……お父さん、お母さん」
老朽化したこの病室にはドアがなかった。ソラハのベットの右後方、長方形に切り取られたような出入り口の影にタツヲは背中を預けていた。
手練れとはいえ、本気の頭突きを少女にかましてしまったのだ。一言謝り、"ダチコウ"として親睦を深めようと画策していたが、静かにすすり泣くソラハの姿を瞼に焼き付けてしまった。
「……」
彼は涙を流し、己の弱さを知ることの重要性を知っていた。そしてその心傷の癒し方も。
彼なりに必死で考えたお見舞い品である甘味類は実際高級品であったが、渡すわけにもいかないのでタツヲはそれを懐へ再び忍ばせ病室を去った。突如として彼の心に生まれた新たな感情と覚悟を踏みしめるように。
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