常連のおばあちゃんの場合


 いつものスーパーに行くと、今日もいつものお兄さんが牛乳を並べている。手早く作業をしているところで申し訳ないけれど、伊木くんと話すことは今のあたしの生きがいの一つ。作業中も笑顔で楽しそうだから、話しかけやすいのよね。



「伊木くん、一本くれる?」


「はい、どうぞ。これはちょうど今朝入荷したものなので、賞味期限も長いですよ」


「ありがとう」



 スーパーに行くと大抵賞味期限が短いものを買わせようとしてくるのに、伊木くんはそういうことをしない。あたしはお父さんに先立たれて独り身だから、食べ物が消費しきれないもの。伊木くんはそれを知ってから、期限が長いものを選んでくれる。需要があるならって、小さいサイズのものを入荷してくれることもある。



「牛乳も小さいのを買おうかとも思うんだけどね、たまにお風呂上がりにグイッと飲みたくなるときがあるじゃない? そういうときに無いと嫌だから買っておきたいの」


「そうなんですね。牛乳は消費しきれないときは料理に使うこともできますし、少しくらいなら多くても大丈夫だと思いますよ」


「あら、牛乳を料理に?」



 伊木くんは商売上手。こうやって、何でもないおしゃべりの中で欲しい情報をくれるから。口が達者で、ゆっくり話してくれるところもつい話しかけたくなるところ。



「例えば寒天でゼリーにしたり、コンソメを使って水と一対一で混ぜてスープにしたり。いろいろできますよ。裏にレシピカードがあると思いますから取ってきますね」


「良いのかしら?」


「はい、ちょっと待っていてください」



 伊木くんは台車を近くの扉の中に押し入れると、早足でバックヤードにレシピカードを取りに行ってくれた。お仕事の邪魔になっていないか心配だけれど、全部笑顔でやってくれるから少し安心する。


 すぐに戻ってきてくれた伊木くんは、何枚かの手のひらサイズの紙をあたしにくれた。よく店頭に置いてあるレシピカード。あたしもよくお世話になっているもの。



「これは牛乳を使ったレシピで今まで出していたものです。良かったらどうぞ」


「良いの? ありがとう」


「いえ、またいつでも声を掛けてください」


「ええ、嬉しいわ」



 伊木くんにお辞儀をすると、伊木くんもお辞儀を返してくれる。伊木くんから離れてレシピカードを鞄にしまおうとして、ふと紙が温かいなと思った。いつもは冷房の効いた店内にあるものを取っているから紙もひんやりしている。でもこれは温かい。


 バックヤードが温かいのかもしれないけれど、今あたしのために印刷をしてきてくれたのかもしれないと思うと心がポカポカした。


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