キッチンでケチャップライスを炒めていると、ガチャリと音がしてのどかが帰ってきた。リビングで遊んでいた木春は、ソロソロと移動してドアの陰に隠れた。



「ただい……」


「わぁっ!」


「うわぁぉぃっ!」



 素っ頓狂な声をあげて驚いたのどかを見て、木春は満足気にケラケラと笑う。のどかは木春の笑顔を見ると、疲れているはずなのに笑顔で木春と追いかけっこを始めた。


 ただし、スーパーで見せるような爽やかなニコニコ笑顔では無い。デロデロにふやけた笑顔だ。我が弟ながら破顔しすぎだと思う。


 木春を我が子同然に愛してくれるのどかは、その溺愛ぶりも凄まじい。基本的には怒らないし、家にいる時間のほとんどを木春と過ごしてくれる。そして木春もそれを喜んでいる。



「のどか、オムライスのチーズソースなんだけどさ、牛乳でチーズを溶かすって書いてあるけど豆乳でも良い?」


「大丈夫ですよ」



 キッチンから声をかけると、のどかは捕まえた木春を抱っこしたままキッチンを覗く。木春はキッチン立ち入り禁止令が出ているからキッチンには入ることができない。のどかは入ることができるけれど、一緒になってキッチンの入口からひょっこり顔を覗かせているのが可愛らしい。


 ふと、のどかの視線が私の手元にジッと向けられていることに気がついた。少し待っていたけれど、話してくれる気配があるわけが無い。お店だとすんなり話しかけてくるんだけど。



「のどか、どうしたの?」


「あっ、えっと、姉さん、チーズソースは僕が作りましょうか?」


「え、本当にできる? 大丈夫?」


「これくらいならできると思いますよ。任せてください!」



 のどかは自信ありげにドンッと胸を叩くけれど、腕の中の木春が不安そうに私を見つめてくる。申し訳ないけれど、私も同感だ。でもこれだけ自信満々に言っているわけだし、のどかだってもう立派な大人だし。そう思って場所を開けると、のどかはぱぁっと輝く笑顔になった。こういう顔は子どもっぽい。


 木春をキッチンを覗くことができる席に下ろしたのどかは、キッチンに入ってくると腕まくりをして手洗いを済ませた。そして豆乳を鍋に入れると、それを火にかけてヘラで混ぜ始めた。ちゃんと弱火。



「前より手際良くできるようになったね」


「本当ですか? それなら良かったです」



 のどかは昔から料理に対する興味は強い子だったから、知識は私よりずっとある。だけど如何せん手先が不器用だから、手を切るわ、ものを溶かすわ。いつも何かが起こってしまう。


 そのせいで母さんはあまりのどかをキッチンに立たせたがらなかった。その度にのどかは泣いていたけれど、母さんは家が火事になるよりマシだとよく零していた。


 だけどいつ練習をしたのか、今日は安定感のある手際を見せてくれた。最近外泊も多いから、恋人にでも教えてもらっているのかも。


 ホッとして自分の作業に戻る。卵を4人分焼いてしまおう。チーズソースをかけるから、味は少し甘めにした方が甘じょっぱくて癖になるとのどかが教えてくれたから、聞いたレシピの通りの分量の蜂蜜を卵に垂らした。


 しっかり混ぜて、その間に温まったフライパンの前に立つ。焦げやすいから集中しないと。ふぅっと深呼吸をした。



「わわわぁっ!」


「のど兄!」



 のどかと木春の大きな声に驚いて、パッとのどかの手元を見る。すると、隣の鍋が真っ黒になっていた。真ん中にできた小さな小山はなんだろう。プスプス音を立てているし、焦げ臭い。



「のどか、怪我は無い?」


「はい、ありません。でも、これ。ごめんなさい」



 シュンとしてしまったのどかの背中を軽くさすって、キッチンから送り出す。



「これは作り直すから大丈夫。木春、のどかのことお願いね」


「うん!」



 縮こまっているのどかを木春が宥めているのを横目に、一旦フライパンの火を消した。焦げ付いた鍋は流しに放り込んで浸けおいて、違う鍋に豆乳を入れて火にかける。


 様子を見ながら軽くかき混ぜる。ふつふつしてくる前に、フライパンの方の火をつけて一枚目の卵を焼いた。卵の火の通りを気にしつつ鍋も気にしつつ。


 良い色になった卵は引き上げる。案外できるものだ。どうしてあの短時間で怪奇的な黒炭を生産できたのか。ある意味のどかの才能だと思う。


 リビングで木春にヨシヨシされて慰められているのどか。スーパーでのあのキラキラした頼もしさは鳴りを潜めて、シュンとしている。でもそれが見慣れたのどかの姿で、私は少し安心した。



「のどか、木春と一緒にスプーン出したりしてくれる?」


「グスッ、はぁい」


「ほら、のど兄、行こ?」



 鼻をすすりながら目を潤ませるのどかの手を、木春が引いて連れて来てくれる。どっちが子どもなんだかと思いながら、ポロッと笑みが零れた。


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