ギャップ男子、スーパーマン。

こーの新

姉の場合


 日本国内某所にあるスーパーには、店員からも客からも愛される元気で優しい働き者の店員がいる。その名も、伊木いきのどか。



「姉さん、何をぼそぼそと言ってるんですか?」



 彼は私の弟だ。



「何でもない。ね、今日何食べたい?」


木春こはるの好きなものが良いです」



 木春は私の娘。のどかにとっては姪にあたる。のどかは木春を大切に思ってくれていて、休みの日にはよく一緒に遊んでくれるからシングルマザーとしてはかなり助かる。



「そこはあかりお姉さまの好きなものって言っても良いんだよ?」


「それならチーズオムライスでしょうか?」


「見事に合わせたな」



 私が好きなオムライスと木春の好きなチーズ。なかなか良いチョイスだ。



「じゃ、お昼休みにでもチーズソースのレシピ送って」


「はい。あ、今日は特売の日なので卵は精肉コーナーの方です」


「ありがと。じゃ、またね」



 こういう気遣いができるのがうちの弟。元旦那もこういう気遣いができる人だと思ったから結婚を決めたんだけど。あいつはのどかと正反対の裏の顔がある男だったから、木春が生まれる前に離婚した。木春には父親がいなくて申し訳なく思うけれど、のどかがいるから木春にもあまり寂しい思いをさせないであげられる。


 手早く陳列作業をしているのどかから離れて、鮮魚コーナーを覗く。けれど何を買おうか考えながら元旦那のことや、二年前に突然父親を求めて泣き叫んだ木春の姿が頭をよぎって集中できない。


 ついため息が零れて、これではいけないと気を引き締める。けれど一度沈んだ気分はすぐには浮き上がって来なくて、木春の幼稚園のお迎えの前までに切り替えられれば良いかと諦める。


 魚はもう良いから卵を買いに行こうと歩き出すと、後ろからトントンと肩を叩かれた。振り返るとのどかが穏やかに微笑んでいた。



「姉さん、今年は今日から発売ですよ」



 のどかが台車から三個パックのプリンを取り出して渡してくれた。季節限定のかぼちゃプリン。私の大好物。



「ありがとう」


「いいえ。お会計はしていないので、きちんとレジを通してくださいね」



 いたずらに笑う顔にはオフの顔がのぞく。



「じゃあ、のどかの分はなしね」


「ふふ、はい。構いませんよ」



 のどかだってこれが大好きなくせに。家で発注を考えながら、これが入荷する季節を待ちわびていることを私は知っている。こういう優しい子だから、誰からも愛されるんだろうな。



「嘘。帰ってきたら三人で食べよ」


「はい」



 小首を傾げて微笑むのどかに見送られて、私は卵コーナーへ。その前にお肉を買おうかなと思って精肉コーナーで足を止めた。余計なことを考えずに明日のメニューを考えられるくらいには、のどかの優しさに救われた。


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