六花が陽斗の視線を追うと、3段の棚に並べられた何10種類ものオムライスの1番上の段に大きなパフェが並んでいた。チョコレートにストロベリー、マンゴー、そして陽斗が1番好きな抹茶。大小2つあると言うが、ここに飾られている小サイズでもそれなりに大きくて1~2人前相当だ。



「六花、オムライスでもいい?」


「私はオムライスも食べたいけど」


「俺、デザートにこれの大頼むわ」


「うん、そう言うとは思ったよ。思ったけどね?」



 目を輝かせる陽斗に、六花はついつい呆れてため息を吐く。大サイズは4~5人前相当だと書いてあるポップを読んでなおデザートに大サイズのパフェを頼もうとする陽斗の胃袋の可能性は無限大だ。


 お昼時より少し遅い時間だったこともあって並ぶことなく案内してもらえた席は窓際の駅前と海が一望できる場所。山側で生まれ育った2人はついつい海にテンション上がって何枚か写真を撮った。


 タブレット端末を覗き込んで注文を済ませた2人がもう1度外に目を向けると、奥で静かに波打つ海と慌ただしく動く駅前の人々が別世界の存在に見える。



「そうだ、さっきのストラップ貸して?」



 陽斗が隣の席に置いた紙袋から出してストラップが入った小袋を六花に手渡すと、六花は小袋を開けて2つのストラップを取り出した。1つはピグちゃんと鍵穴のチャームが連結されたデザインで、もう1つはピグちゃんの恋人の『ベタ好きベアのベルくん』と鍵のチャームが連結されたデザインだ。



「陽斗くんはピグちゃんね」



 六花がそう言ってピグちゃんのストラップを陽斗に手渡すと陽斗は首を傾げた。



「いいの? 六花、ピグちゃん好きなのに」


「い、いいのいいの」



 ふいっと視線を陽斗から逸らして手元のベルくんをつつく六花を見ていた陽斗は、ふと六花が机に置いていたストラップが入っていた小袋を取り上げて後ろの商品説明をじっと読み始めた。六花はちらっとその姿を見るとほっと息を吐いたが、その顔はどこか不満げに膨れている。


 商品説明を読み終わった陽斗は六花の頬が膨れていることに気が付きながらもそれについて触れることなく六花に手を差し出した。



「ベルくん貸して?」


「いいけど、何するの?」



 手渡されたベルくん、の上についていた鍵のチャームを手に取った陽斗はピグちゃんの上についている鍵穴のチャームに鍵を差し込むと、ちょうどぴったりなサイズでささった鍵を90度回した。満足げに笑った陽斗がベルくんを六花に返すと、六花はまたため息を吐いた。



「やっぱり陽斗くんは陽斗くんだね」


「ん? それはそうだろ、別の人間だったら怖い」


「そうじゃなくて」



 六花が言い淀むと、陽斗は言いずらそうに視線を彷徨わせる六花からピグちゃんに目を移した。



「俺が俺なら、六花は六花だな。昔からやることが変わらない」



 そう言いながらポケットに入れていた長財布を取り出した陽斗がそのチャックを開けると、小銭入れのチャックに着けていた白い根付のストラップを見せた。六花が目を見開くと、陽斗は恥ずかしそうにいそいそとチャックを閉めて財布をポケットに戻した。



「まだ、つけててくれたんだ」


「まあな」



 この根付のストラップは六花が高校2年生のときに修学旅行のお土産で陽斗に渡したものだった。当時はまだ家庭教師と生徒の関係でもない、友達の兄と妹の友達の関係でしかなかった2人だったが、出会ったときから陽斗に好意を寄せていた六花はお土産に自分の誕生月である4月をイメージした白の根付のストラップを渡していた。



「陽菜からどうして4月のイメージのやつ持ってるの、なんてニヤニヤしながら聞かれたときには俺も驚いたよ。六花の意図が分からなかったから」



 六花には他の意図があったものの、黙っていればただ綺麗だったから渡したと思われるだろうと踏んで渡したものだった。でもそれを買ったときに陽菜が隣にいた時点でこうなることを全く予想していなかったとは、今の六花には言い切れない。



「これを見たら六花のこと思い出してあげなって陽菜に言われてな。そのときには意味が分からなかったけど、六花の家庭教師になって六花の部屋にこれとお揃いの緑の根付を見たときにそういうことかって思ったよ」



 顔から火を噴きそうになって手で仰ぐ六花は、机の上に置いていたコルクボードにそれを飾りっぱなしにしていたことを今更ながらに後悔した。六花が持っている緑の根付は陽斗の誕生月の5月をイメージしたもので、それを見るたびに陽斗への思いを募らせていた。



「今回も、そういうことでしょ?」



 探偵のような見透かした目をする陽斗に六花は恐る恐る頷いた。



「引いた?」


「いや、まあ最初はびっくりしたけど、六花らしいよ」



 そう言って微笑む陽斗を見て肩の力が抜けた六花は、手元にあった水を1口飲んだ。



「一般的な反応は分からないけど、六花のそういう愛が重いところとか、俺は嫌いじゃないから」


「嫌いじゃない?」


「あー、嫌いじゃないと言うよりは、好き、だよ」



 目を見て言い切ったかと思ったらすぐに視線を逸らして窓の外を見始めた陽斗が机の上に置いていた拳に、六花はそっと自分の手のひらを重ねた。


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