店
ピグちゃんが描かれた小さな紙袋を片手に戻ってきた陽斗は、もう片方の手を六花と繋いだ。
「陽斗くん、ありがとう」
「これくらいは、べつに」
顔を背けてしまった陽斗の耳が赤くなっているのを見てクスリと笑った六花は、ストアの出口に向かって陽斗の腕を引いた。
「もういいのか?」
普段ならストアで小1時間は過ごしてしまうと話している六花が思っていたよりも早くストアを出ようとすることに陽斗が首を傾げた瞬間、六花の腹の虫が高く切ない声を上げた。六花が片手で赤くなった顔を覆うと、陽斗はストアを出てすぐにあった電子案内板を覗き込んだ。
「せっかくだし、行ったことがないところにするか」
改装に伴って大幅に店舗が入れ替わったこともあって、普段はショッピングモールに立ち寄ることがない陽斗にとっては知らないお店ばかりになっている。レストラン街のページの中から知らないお店の情報を集めて、手ごろな値段と今の気分に合いそうなお店を探し始めた。
「六花、何食べたい?」
「え、えっと、陽斗くんが決めていいよ?」
今の六花の頭の中にはお腹が鳴ってしまったのを聞かれた羞恥心と、鳴ってしまったことに気づかれているのにいじられることもなかったことに対する戸惑いしかない。お腹が空いてはいてもそれについて考える余力が残っていなかった。
「さっきの、気にしてんの?」
電子案内板から視線を逸らさずに聞れて六花は頬を掻いて答えに悩んだ。
正直に言ってしまってもいいが、陽斗がレストランをどこにするか考えている間ならいつも以上にはぐらかしやすい。陽斗が1つのことしか見えなくなりやすいことを知っている六花は、たまにそれを利用して気持ちを誤魔化すこともあった。
「えっと、お腹が鳴って恥ずかしかったの」
「だけじゃないでしょ?」
振り返った陽斗が六花の頬をムニッと摘まむと、六花は予想とは違う展開に目を見開いた。
「どうして、そう思うの?」
「六花が言い淀むときは大抵隠し事をしているときだからな」
六花が陽斗の癖を知っているなら、陽斗も六花の癖を知っていることもおかしなことではない。盲点だったと顔に書いてある六花の頬を陽斗がさらにムニムニして遊んでいると、六花は諦めたような顔で陽斗の手を離させた。
「いつも鈍感なくせに」
「今日は六花のこと以外考えてないから」
陽斗が歯の浮くようなセリフをサラリと言ってのけると、六花はほんのり頬を赤らめた。
いつも勉強第一で課題のことや研究のことばかり考えている陽斗が六花のことだけを見ていることを実感できる時間は本当に短い。六花に勉強を教えているときも、六花に釣り合うようにファッションについて学んでいたときも。六花は陽斗が自分を通して更に遠くを見ているような気がしてならなかった。そういうところも含めて好きになってしまったのだからと分かってはいても、六花の中からもっと自分だけを見て欲しいという欲が消えることはなかった。
「何それ」
「まあまあ。話はあとだ。行ったことがある店と、食べたくないものは?」
はぐらかすように話題をすり替えた陽斗に六花はムッと唇を突き出したが、やっぱりお腹が空いていることもあって案内板に表示されたレストランを見ながら前に行ったことがある店を4軒指さした。その内の2軒は改装前から変わらずにある店舗だが、あとの2軒はこの地域に初めて進出してきたチェーン店だった。
「3か月の間にもう2つも制覇してるの?」
「どっちも陽菜と来たの。こっちはラーメン屋さんで、こっちはパスタとパンのお店。どっちも美味しかったよ」
陽菜と来たと言われて、陽斗はすぐに納得した。流行りものや新しいものに目がない陽菜であれば、3か月の間毎日来ていたと言われても大して驚くこともない。実際に3年前、陽菜が通っていた高校の近くにできたカフェに半年皆勤賞で通い詰めていたこともあった。バイトや授業終わりのご褒美がてら寄り道をして買い食いしていたという。自分のバイト代だからと家族が文句を言うことはなかったが、度を越えていると思っていたことは言うまでもない。
「辛いものと甘いもの以外なら何でもいいかな」
「じゃあ、オムライスとハンバーグ、どっちが良い?」
陽斗がオムライス専門店とファミレスを指さすと、六花は顎に手を当ててうーん、と唸った。
「オムライス、かな。でも陽斗くん、デザート食べたいならファミレスの方がいい?」
六花は甘いものが好きでもたくさんは食べられないが、陽斗は1日の食事を全てスウィーツに代えても喜ぶレベルの甘党だ。ちなみに六花は辛いものが全く食べられないのに引き換え、陽斗は激辛料理のお店に行って最上級の辛さのものを顔色1つ変えずに完食できるレベルの辛党。味の好みは辛いもの以外は似ているから2人での外食で困ったことはないが、好きのレベルには相当な差がある。
陽斗が毎食後にデザートまで頼むことを考えて六花が遠慮すると、陽斗は眉を下げて頷いた。
「気を遣わせてごめん」
「大丈夫だよ。私、ハンバーグも食べたい気分だし」
六花が陽斗の手を引いてレストラン街の方に歩き始めると、思案顔の陽斗は手を引かれるまま歩いた。エスカレーターを上ってレストラン街がある階に着くと、正面に構えていたラーメン屋から食欲をそそる餃子の香りが溢れていた。
「ニンニクの匂いすごいな」
「ここの餃子はニンニクたっぷりですごく美味しかったよ。今日はあんまり食べたくないけど」
口元を抑えた六花の言わんとしていることを察した陽斗がニヤニヤと笑うと、六花はその腕に軽くグーパンチした。
「ばか」
「ごめんごめん」
頬を緩ませたまま歩く陽斗にすれ違いざま向けられる視線と黄色い声から逃げるように食品サンプルが並ぶクリアケースを見ていた陽斗が足を止めると、それに引き戻されるように六花も足を止めた。
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