お会計を終えた六花は店を出てすぐ、通路側からは見えにくい向きで柱に寄りかかっている陽斗を見つけた。静かにため息を吐く陽斗にちょっとした悪戯心が湧いた六花は、後ろからそろそろと近づいた。



「わっ」


「うおっ!」



 六花の鋭く発せられた声に肩を跳ねさせて驚いた陽斗は、ニヤニヤと笑う六花を見てムッと眉間に皺を寄せた。



「六花、驚かすなよ」


「ふふ、ごめんごめん」



 胸を抑えて六花に向き直った陽斗の背中を擦りながら六花が満足げに笑うと、陽斗は呆れたように笑みを零して柱の陰で六花を抱き込んだ。



「何する気?」


「どうして欲しい?」



 頬を赤らめる六花に陽斗が意地悪く聞き返すと、目を見開いた六花はその目をスッと逸らした。そして目についた吊り看板を指さすと陽斗の胸板をポンポンと叩いてその看板を指さした。



「あれ、あそこ行こ!」



 陽斗が振り返ると、興奮気味な六花が指さした看板には『出張! びっくりピッグのピグちゃんストア!』の文字。怪訝そうに看板を見る陽斗とは対照的に、目を輝かせている六花。陽斗は諦めたようにその手を取った。



「行くか」


「うん! ピグちゃん、楽しみだなぁ」



 ホクホクと頬を緩める六花がカバンから取り出したスマホのケースには、『びっくりピッグのピグちゃん』が骨付き肉を手に幸せそうに笑っているステッカーが挟まれている。六花は自宅にピグちゃんを飾るための棚まで用意するほどのピグちゃんマニアだ。


 陽斗自身はピグちゃんに興味はないが妹の陽菜がピグちゃん好きで、ピグちゃんストアの本店に一緒に行ったこともあった。だからストアに行くこと自体には抵抗がないわけだが、ストアに男子は少数しかいない。要は恥ずかしいのだ。


 六花に手を引かれるがままストアの特設会場に向かった陽斗は、受付を済ませて簡易的な仕切りに覆われた中に入った。



「か、かわいい!」



 無邪気な子どものように手を叩いて飛び跳ねる六花の目は、あちらへこちらへと移ろっていく。陽斗はその手を引いて自分の方に引き寄せると屈んで視線を合わせた。



「六花、この中にいる間は絶対に俺の手を離すなよ?」


「分かった!」



 親子かのような会話に周りにいた店員さんや女子グループ、カップルたちが振り向いて微笑ましそうな視線を向ける。視線に気が付いて恥ずかしそうに頬を掻いた六花は、陽斗の腕に絡みつくように捕まった。



「行こ!」


「ああ」



 嫌な視線ではないからと安心して、2人はストアの中を手を繋いで歩き始めた。気になる商品を手に取ってはしゃぎながら見て回る六花に振り回されつつ歩く陽斗は、ふと1番上の棚に座らせられていたストアの中で1番大きなぬいぐるみに目を留めた。



「陽斗くん、これ……あれ、陽斗くん?」



 ペアストラップを手にして陽斗を振り返った六花は、陽斗がぼうっとどこかを見ていることに気が付いて視線を追った。



「陽斗くん?」


「え、ああ。どうした?」


「陽斗くん、あれ欲しいの?」



 六花が大きなぬいぐるみを指さすと、陽斗は一瞬目を見開いたがすぐに首を振った。



「いや、すごいでかいなと思っただけだよ。六花は? それ欲しいの?」



 陽斗が六花が手に持っていたストラップを指さすと、六花はぬいぐるみから視線を外してキラキラした目を陽斗に向けた。視線を受けた陽斗は六花の言いたいことを察したように頷いて手を差し出した。



「貸して。買ってくる」


「いや、いいよ、私が買うから!」



 引く気がなさそうにストラップを握る六花に微笑みかけた陽斗はじりじりとにじり寄る。家の外では珍しくニコニコと笑っている陽斗に六花が後退ると、陽斗はさらにグイッと近づいた。六花の気が逸れた瞬間にその手からストラップを掠めとると、陽斗はニヤリとニヒルに笑った。



「こういうときは甘えとけ」



 雑に六花の頭を撫でた陽斗が颯爽とレジに向かうのを見ながら、六花はへにゃりと幸せそうに笑った。


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