駅
ベージュでトーンを合わせたカップルコーデの2人。改めて外に出ると、今度はそれぞれ傘をさした。駅まで普通に歩いて15分の道のりを、なるべく車通りの少ない道を選んで足早に歩いた2人は、いつもよりほんの少しだけ早く駅に到着した。
駅について傘を畳むと、周囲の視線がちらほらと陽斗に向けられる。
「あの人、かっこよくない?」
「モデルさんとか?」
近くにいた高校生くらいの女の子たちがそこそこ大きな声でしている会話は、当然陽斗と六花の耳にも届く。うっとおしそうに顔を歪めた陽斗がため息を吐くと、周りを気にした六花は陽斗から一歩離れて傘を畳んだ。
「六花?」
「ん?」
「なんでそんなに離れるの?」
「それは、まあ」
言葉を濁す六花に陽斗が首を傾げながら近づくと、六花は意を決したように陽斗を見上げて首を振った。
「あー、ほら、傘畳むときに水飛んで、余計に服を濡らしたら嫌でしょ?」
「なるほど。俺全然気が付かなくてごめん」
眉を下げた陽斗は、畳んだ傘を片手にICカードをポケットから取り出して改札の方に歩いて行った。六花はほっと胸を撫で下ろすと、陽斗のあとを追って改札を抜けた。
改札を潜ってもなお感じる視線とひそひそと話す声に六花はまた陽斗から離れそうになったが、それは陽斗によって止められた。黙って繋がれた手をじっと見つめたまま口をパクパクさせる六花は金魚のようだ。
ホームに並んで立つと、陽斗は手を引いて六花をより近くに立たせた。
「俺が見られるのは、まあ嫌だけどいつものことだし。今日はカップルっぽく服の系統まで合わせてんだから離れててもカップルだって分かるだろ。だから、周りとか気にしないで傍にいて欲しい」
周りには聞こえないくらいの小さな声で、前を向いたまま話す陽斗に六花は小さく頷いた。
陽斗は身長こそ平均的だが、手足は長くスタイルもモデル並み。さすがハーフと言えば良いのか堀の深い顔立ちも道行く人の視線を引き付けてしまう。最寄り駅とはいえ通学のとき以外に電車に乗るのはレアだから、周りも見たことない人ばかり。そんな中では余計に目を引いてしまうことを陽斗は嫌でも理解していた。
ちょうど滑り込んできた電車に乗りこんで2駅。お互いの大学の話をしながら電車に揺られていればあっという間にショッピングモールの最寄り駅に到着した。そこから目の前に見える大きなビルに向かって小雨の中を歩くこと3分、3か月前に新装オープンしたばかりのデパートに着いた。
ショッピングモールの中に入るなりキョロキョロと周りを見回して目を輝かせる六花。陽斗は目尻を下げて繋いだままの手を固く繋ぎ直した。六花はチラッと繋ぎ直された手に視線を移すと、自分からも強く握り返した。
「ねえ、あそこのお店から見てもいい?」
「ああ」
半ば陽斗を引っ張るように1ヵ所目のお店に入って行った六花は好みの服を物色し始めた。陽斗は繋いでいた手を離している六花が気の向くままにどこかに行ってしまわないように気を付けながら自分も店内を見回す。そして六花が見ている列の先、これから見るだろう場所に六花が好きそうな綺麗目なブラウスを見つけて小さく微笑んだ。
「あっ」
あーでもない、こーでもないと言いながら先に進んでいた六花が、陽斗が見ていたブラウスを手に取って弾む声を上げた。
「どうしたの?」
陽斗がにやつく顔を手で気持ちばかり隠しながら聞くと、振り返った六花は一転して怪訝そうな顔で陽斗の顔を覗き込んだ。
「何?」
「いや、ごめん。それ好きそうだなと思って見てたら当たったもんで、つい」
「ふふっ、そっか。さすが陽斗くん!」
くしゃりと笑いながら、それでいて恥ずかしそうに笑みを抑えようとする少し変な顔になった六花を見て、陽斗ははにかむように笑った。2人はさながら付き合いたてのカップルかのような、見ている方がくすぐったくなってしまう空気感を醸し出しているものだから近づいてきた店員さんが近づきづらそうに足を止めた。
六花が決意したように頷いて値札を見ると、空気が一変して和やかに戻った。
「ご試着もできますので、よろしければどうぞ」
ようやく動き出せた店員さんが声を掛けると、六花は少し考えながら肩幅や袖、丈を確認すると首を振った。
「いえ、大丈夫です。これください」
「かしこまりました。よろしければ他の商品もご覧になってください、その間こちらの商品はお預かりしておきますので」
「そうですね、ああ、いえ、大体見終わったのでお会計お願いします」
「お、お買い上げありがとうございます」
六花はにこやかに笑う店員さんの視線がチラチラと陽斗の方に向いていることに気が付いて笑顔で誘いを断ったが、頬はピクピクと引き攣ってしまっている。六花の全く笑っていない目にヒュッと息を吸った店員さんは、表情を変えない努力をしていることは伝わる強張った笑顔でそそくさとレジに向かった。
「試着しなくて良かったの? それに、ほかの服も。まだほとんど見れていないでしょ」
「うん、あの感じなら大丈夫。やっぱり他のお店とかも見て回りたいしさ、テンポよく行こうかと思って。アハハ」
ゆっくりとその背中を追いながら陽斗がこそこそと聞くと、六花は目を泳がせながら下手くそに笑った。陽斗の訝し気な視線から逃げるようにレジに向かった六花はカバンからスマホを取り出してお会計を始めた。
陽斗はその背中を見ながら首を傾げたが、お会計をしながらも店員さんの目がチラチラと自分に向けられていることに気が付くと苦虫を嚙み潰したような顔で黙ってレジから離れた。
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