陽斗はタオルで身体を拭く六花をお風呂場に押し込んだ。



「服はあとで持ってくるから、とりあえずシャワー浴びろ」


「え、いいよ。私、帰るから。陽斗くんこそシャワー浴びないと」


「風邪ひくだろ。それに、そのまま帰らせるわけにはいかないか、らっ」



 強引にお風呂場のドアを閉めた陽斗は、六花が服を脱ぎ始める音を確認してからドアの前を離れた。靴下だけ脱ぐと、自分も棚から取り出したタオルで髪を拭きながら部屋の奥に置いた衣装ケースから下着とスウェットを取り出した。服を脱いで雑に身体を拭いて下着を着る。それからスウェットに手をかけた陽斗は、ふと手を止めて服を選び直した。



「ショッピングモール、ね」



 顎に手を当てて考え込んだ陽斗は開けていた衣装ケースを閉じると、その隣りと下の段の2か所を開けた。下の段にそろそろと手を入れると六花が置きっぱなしにしている下着を取り出した。廊下に戻って新しいタオルを持ってくるとそれに手早く包んで視界から消す。もう1度衣装ケースに視線を戻して、六花のここにある中で1番お気に入りの服を出したところで奥にある紙袋に目が行った。


 六花のお気に入りのブランドの1つのロゴが入ったその紙袋を取り出した陽斗は下着を包んだタオルの横にそれを置いて、自分のお気に入りの服が入っている方の衣装ケースを覗いて黒のスラックスを取り出して履くと、モノトーンのチェック地のベルトを巻いた。そしてハンガーにかけてあった薄いベージュのカッターシャツに袖を通して、シャツに近い色でブロック柄が入ったスカーフを首に緩く絞める。思い出したように黒い靴下を履くと、出しておいた六花の服を持ってお風呂場に向かう。


 廊下のタオルを積んでいる棚に一式置いてお風呂場のドアをノックした。



「服、置いておくから」


「ありがとう」



 お風呂場の中から聞こえたくぐもった声とシャワーの音。陽斗はお風呂場から離れるとそこには背を向けるように炬燵に座った。スマホをいじってニュースを見ているとお風呂場のドアが開いて、陽斗が背中を向けていることを確認した六花がひたひたと出てきた。その音に肩を跳ねさせた陽斗はスマホに集中しているように振る舞うが、その耳は赤く染まっている。


 六花はタオルで身体を拭いて下着を身に着けると、置かれていた紙袋を覗き込んで首を傾げた。陽斗の背中をもの言いたげに見つめたけど、口を開いても声を出すことはできずに紙袋に視線を移した。戸惑いの色を浮かべながら慎重に紙袋に手を差し入れた六花は、ごくりと唾を飲みこんで袖を通した。



「陽斗くん、シャワーありがとう」


「おう。髪乾かせよ?」



 陽斗が一切スマホから顔を上げずに言うと、目を伏せて黙って頷いた六花は衣装ケースを積んである棚からドライヤーを取り出した。ブオーという轟音が響く中でもスマホから視線を外さなかった陽斗は、ドライヤーの音が止むとようやく顔を上げて六花を振り返った。


 2人の視線が絡まると、六花の手が陽斗の髪に伸ばされた。陽斗がびくりと身体を固くすると六花はパッと手をひっこめたけど、まっすぐなその髪にもう1度降れると陽斗にぎこちなく微笑みかけた。



「前向いて? 髪をちゃんと乾かさないと風邪ひくし、シャツも湿ってるから」


「悪い」



 素直に従った陽斗が少し身を屈めると、六花は立膝になってドライヤーのスイッチを入れた。轟音だけが響く部屋で六花の指が陽斗の髪を梳く。六花が陽斗と出会ったころにはパサついていた髪も今ではなめらかな指通りで艶やかな髪に変化した。


 ドライヤーの音が止んで六花がドライヤーを片付けて緑の座布団に座ると、陽斗は六花に向き直って頭を下げた。



「ごめん。六花が考えてくれたのに、あんなこと言って」


「ううん。私こそ、すぐにカッとなってごめん。陽斗くんがあんまりショッピングモールとか好きじゃないこと知ってたのに」



 六花も頭を下げると、頭を上げた陽斗は慈しむように微笑みながらその丸い頭をそっと撫でた。そして腕を広げると首を傾げて眉を八の字に曲げた。



「仲直り、でいいか?」


「うん。仲直り」



 陽斗の腕の中に飛び込んだ六花が陽斗を見上げて笑いかける。その目尻に浮かんだ涙を拭った陽斗は、六花の手を取ってはにかんだ。



「じゃあ、行こうか。ショッピングモール」


「え、いいの?」


「六花と行くなら、悪くないかなってさ。だから、デートっぽく、カップルコーデにしてみたし」



 陽斗が途切れ途切れに紡いだ言葉に目を見開いた六花は、薄いベージュのワンピースの裾を摘まんだ。ノーカラーシャツになっている首元は真っ白で、同じく真っ白なリボンがフェミニンで可愛らしい。



「これ、陽斗くんが私のために買ってくれたってこと?」


「まぁな。これ着てデートとか、ありかなって」



 頬を掻きながら言う陽斗に六花は照れ笑いを浮かべながら生地を撫でた。


 陽斗は昔から勉強以外に興味がなくて他のことは二の次三の次、というタイプだった。しかし六花の家庭教師のバイトを始めてからというもの、猛アタックしてくる六花に根負け。六花の大学合格を機に付き合い始めた。オシャレが好きな六花に釣り合うようになりたいと思うようになった陽斗もオシャレや髪のケアを学ぶようになったのだが、元々学びに貪欲で最難関とも言われる大学に余裕で合格するような頭脳を持っていたからなのか、あっという間に知識とセンスを磨いてしまった。


 照れ笑いがニヤニヤに変わりそうになった六花はすくっと立ち上がって、自分用に用意されている衣装ケースから化粧ポーチを取り出した。



「とびっきり可愛くするからね」



 中から出した小型の鏡を炬燵の上にセットした六花が勇んで陽斗に笑いかけると、陽斗は視線を逸らして置きっぱなしだったコップを握った。



「あー、ほどほどにしてくれないと出かけられないから」


「どういう意味?」



 六花が頬を膨らませると、陽斗はコップを持ってそそくさとキッチンに向かおうとした。しかし途中で足を止めると。鏡の前に座る六花が泣きそうな顔をしているのを見て後頭部を掻いた。



「可愛すぎて他の人に見せたくないとか、そういうやつ、です……あぁ、もう!」



 六花はぽかんとしたまま耳まで真っ赤にした陽斗がさっさとキッチンに消えていく背中を見ていたけれど、言葉の意味を理解するとふわりと幸せそうな笑顔を零した。


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