目的地はお池

 こっくり大臣を先頭に、君達は神域から出ていく。

 岩壁の前まで辿り着くと、こっくり大臣がそこにかしわでを一つ打ってから右手で触れた。

 大岩は、たったそれだけで瞬時に消える。

 瞬きする間すらも無く、金の双龍の扉の外に出ていた。

「帰ろう帰ろう!」

「みんなが待ってる」

「妖精の国まで!」

 兎達が、君の肩の上でまた陽気に歌い始める。

 銀月宮は、扉の外へ出た途端、君の手を離した。

 先に霧の中を行くこっくり大臣の後に続いて、銀月宮がすたすたと歩いていく。

 君も、二人を追いかけて、はぐれないように雲の中を進んだ。

 虹の橋まで帰ってくるのに、そう時間もかからず、迷う事もなく歩いて来られた。

 でも来た時とは違い、虹は架かる角度を変えて急な坂道のようになっている。

 だが問題は無い。

「さて、人の子よ。そなたが先に降りるがよい。わしと銀どのは後から行くでな」

 こっくり大臣の言葉に頷いて、君は虹の上に腰を下ろした。

 虹の橋が坂道になってしまったのなら、解決策は簡単な話だ、滑って降りればいいだけの事。

 君はそのまま、七色の光を纏って下降していく。

 兎達は、君の両肩に短い前足を引っ掛けて、飛ばされないようにしていた。

「ゴーゴー!」

「どこまでもどこまでも」

「行こう行こう!」

「遥か彼方へ!」

「今日のおさんぽ」

「目的地は向こう」

「行こう行こう」

「行こう行こう!」

 兎達が歌っている。

 風を受けて虹の滑り台をすべり降りていくと、あっという間に妖精の国の花畑まで到着した。

 銀月宮と大臣もすぐに君達と合流する。

「怖くは無かったか」

 銀月宮の短い問いかけに、君は笑顔で首を横に振った。

「楽しかったよ」

「まだ遊べるよ」

 兎達が答える。

 銀月宮は小さくくすりと笑って袖で口元を隠し、そうかと呟いた。

 しかしこっくり大臣は尻尾をぶんぶん振り回し、一足先に夜の花畑へ向かって歩き始めている。

「何をもたもたしておるのだ。話なら歩きながらでもできようぞ。ささ、宴会の間にわしらも早くゆかねばなるまい」

 優雅に二足歩行で先を行くこっくり大臣は、おそらく無自覚なのだろうが。

 メアリーが注いでくれる酒が楽しみすぎて、鼻唄が漏れている。

 分かりやすい。

 だが大臣の言った通り、会話は歩きながらでもできるので、銀月宮も君も、こっくり大臣の後ろをついて行った。

「ゴーゴー!」

「どこまでもどこまでも」

「行こう行こう!」

「遥か彼方へ!」

「今日のおさんぽ」

「目的地はお池」

「行こう行こう」

「行こう行こう!」

 さっきまでとは微妙に異なる歌を、兎達が歌う。

 君もそれに合わせて、一緒に歌った。

 とても和やかに。

 とても楽しげに。

 歌っている内に昼の花畑を通り抜けて、空は夜の月明かりと星々の煌めきに覆われた。

 そういえば、シンデレラからもらった蓮の華を、どこに仕舞ったのか覚えていない。

 君は突然歌うのをやめて、きょろきょろと辺りに目をやる。

 そんな君の様子の変化に気づいた銀月宮が、またも立ち止まって振り返り、君をじっと見つめていた。

「探し物はこれか?」

 袂から、月の満ち欠けに合わせて淡く光るそれを取り出して、銀月宮が君に差し出す。

 君は驚きながら、銀月宮が持っている蓮の華を受け取った。

 間違いない、シンデレラがくれた蓮の華だ。

 メアリーがかけてくれた花の蜜の香りもする。

 君は銀月宮にお礼を言うと、今度こそ無くさないように、両手で大事に抱えた。

「神域に入る時に、黙って俺が預かってた。持ち運びに注意するなら、これを使うといい」

 そう言って、銀月宮は衣の端を指ですっと切り裂き、一本の糸を渡してくれた。

 淡い紫に時折輝くその糸は、銀月宮の意思に従って、蓮の華を包んで優しく固定し、そのまま君の頭の上にふわりと浮かび上がって、帽子のように飾られた。

「これなら落とさないし、失くさないだろう?」

 銀月宮の優しい気遣いに、君はぺこりと頭を下げた。

「良かったね」

「似合ってるね」

 兎達の言葉に、君はもっと嬉しくなった。

 夜空の下をまたしばらく歩いていると、少し前を歩いていた銀月宮が、一瞬で塵のように崩れ落ちる。

 落ちた塵の山からぴょこっと出てきた頭は、小さくなった銀月宮だ。

「はあ。やっぱり人間の体はすぐ疲れるな」

 溜め息をつきながら、ふらりと小さい銀月宮が宙に浮く。

 初めに妖精の国に来た時に見た姿と同じミニサイズになっていた。

 君は銀月宮に、空いた両手を差し出すけれど、銀月宮はその上に乗って休もうとはしない。

「いや、大丈夫だ。俺はメアリーのように翼を持ってはいないが、こうやって飛べる。お前に心配されるほど弱くないさ」

 銀月宮は、すっと君の目の高さまで浮かんで。

 とん、と君のおでこに片手を置いた。

「まあ、その親切心は受け取っておく。ありがとうな」

 君も兎達も、にこにこと笑った。

 銀月宮は気恥ずかしそうに、すぐに君から離れて、こっくり大臣の後を追った。

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