日卯女と朝兎丸

 シンデレラからもらった蓮の華を片手に、君はメアリーアンに連れられて池から遠ざかる。

 目の前を浮遊して先導してくれるメアリーアンは、今度はどこへ案内してくれるのでしょう。

 仄かに甘い香りの舞う花畑を再び通り、夜の空の世界から昼の空の世界へ向かおうとしている途中に。

 ぴゅー、ぴゅー、と月から二匹の兎が、君の頭の上に落ちて来た。

 兎達はとても楽しそうな声でけらけらと笑い、口々に話しかけてくる。

「ほら、やっぱり」

「楽しそうな声がすると思ったら」

「君が遊びに来てくれてた」

「うれしいな」

「うれしいね」

 君の頭の上に乗っかったまま、はしゃいでいる兎達。

 メアリーアンは振り返り、こら、とたしなめて。

「ちゃんと降りてきてご挨拶しなさい。はしたないわよ」

 兎達は素直に地面の上に着地して、二匹一緒にぺこりとお辞儀する。

「日卯女だよ。また会えたね」

「朝兎丸だよ。今日も遊ぼうね」

 比較してやや赤っぽい毛の兎と、比較してややオレンジっぽい毛の兎が、前足をぴょこぴょこ振りながら挨拶する。

 二匹はどちらも女の子で、顔立ちや体格にも差がない。

 どちらがひうめ、でどちらがあさとまる、なのかは本人だけが分かっている事だ。

 というのも、この二匹は一対の存在。

 何をするにも一緒で、決して離れる事は無いのだ。

 毛色もほとんど差がなく、片方の名前を呼んでも絶対に二匹ともが反応する。

 各々に名前がありながら、その名がどちらの物なのかは重要じゃない。

 それが日卯女と朝兎丸。

 君に挨拶を終えると、二匹は君の足を両方から器用に登り、腕を伝って肩の上に座り込んだ。

「行こう行こう」

「次の妖精のところへ」

 右から、左から、兎達が促してくる。

 メアリーアンは、君に申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんなさいね。日卯女も朝兎丸も、あなたの事が大好きで離れたくないみたいなの。自分の足で歩けるはずなのに、あなたに甘えてしまうのね。私の教育がいけなかったのかしら」

 しょんぼりとして背中の翼が下がるメアリーアンに、君は首を横に振る。

「そう? 許してくれるの? あなたはいつも優しいわね。あなたのそういうところ、みんな大好きよ」

 咲き誇る花のように笑うメアリーアンは、花畑の中のどんな花よりも綺麗だった。

 メアリーアンは君の頬を優しくなでて、ありがとう、と感謝の言葉を伝えてくれる。

 メアリーアンはまた浮遊して、前を先導してくれた。

 その後ろを君が着いて行く。

 歩くたびに揺れるのを、兎達は遊具に乗る子供のように楽しんだ。

 夜の空と昼の空の境界線に戻ってきた。

 最初に来た時と同じように、銀月宮が静かに佇んでいる。

「守りつき、ただいま!」

「ただいま!」

 誰よりも先に話しかけたのは兎達。

 振り返った銀月宮は、驚いた様子もなく君の目を見た。

「日卯女と朝兎丸まで世話になった。迷惑だったら、俺が後でこいつらに言っておくから」

 君は首を横に振る。

「そうか。あんまり甘やかし過ぎない方が良いぞ。人の子は人の世で生きるものだ。俺達に情けをかける必要はない」

 君はまた首を横に振る。

「ほんと、お節介な奴だな」

 銀月宮はふっと小さく笑うと、青い炎を纏って。

 瞬きする間に、大人の男性と同じ背丈になった。

 頭に烏帽子という、黒色の縦に長い帽子を被ると、それまで君を案内していたメアリーアンに、銀月宮が目を向ける。

「交代するぞ。そろそろお前も宴会に参加する時間だろう?」

「あら、もうそんな時間になってしまったの? それじゃあお願いしようかしら」

 両手を合わせて優雅に微笑むメアリーアンに、銀月宮は短く、分かった、と答えた。

 メアリーアンは、君の周りを一周し、ドレスを丁寧に持ち上げて頭を下げる。

「ここでお別れね。私は今日、神様にお酌する事になっているの。少し残念だけれど、また会いましょうね」

 メアリーアンが、君が持っていた蓮の華にそっと触れる。

 蓮華は花びらを閉じて、小さく丸まった。

 それでも、花は常に月の満ち欠けに合わせて、淡い光を明滅させている。

 メアリーアンが花畑の夜露を掬い上げ、蓮華の上に落とした。

 蓮華は不思議な色合いに輝き、君の心を惹き付ける。

 君はとても嬉しくなって、メアリーアンに礼を言った。

 メアリーアンは踊るようにその場でくるりと一周すると、甘い香りを残して池の方へ飛び去っていってしまった。

 黙って彼女を見送っていた君に、銀月宮が声をかける。

「さあ、こっちだ。はぐれないように着いてきなさい」

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