シンデレラ
「羨ましいならシンデレラもおねだりしたら良いんだよ? うん?」
人間で例えるなら、少し体の大きいお兄ちゃんが、まだ不器用な弟にマウントを取るような言い種。
物理的にも上から目線なテレジアが、ぽよぽよに太った丸いくじらに挑発する。
ところがくじらは、テレジアの言葉にやれやれと首を左右に振り、ヒレを上向けてこう答えた。
「自分から撫でてもらうなんてセンスないよ。ぼくの可愛さに魅了された相手が、自然に手を伸ばしてぼくを撫でてしまうの。ぼくは一番かわいい妖精だから、みんなぼくを撫でずにはいられないのさ」
キュートでスマートなぼくには、このくらいは朝飯前だもん。
なんて付け加えながら、ふふふと笑う。
スマートと呼ぶにはあまりに丸すぎるその体だが、確かにそのくじらが言った事も全て間違いという訳ではない。
君の手はテレジアの顎を離れ、くじらのぷにぷにな肌の感触を楽しんでいた。
くじらの肌は柔らかく、ひんやりとしていながらも、どこか安心する。
ツルツルの肌を撫でていると、君の手を受け入れるように、くじらの表面についた水滴が音を奏でた。
ぽろん、ぽろんと温かく聞こえる音は、お母さんのお腹の中にいた頃の安心感を君に抱かせた。
くじらは、ヒレでぺちぺちと草地を叩いて喜んでいる。
「こら、シンデレラ。お口があまりよろしくないわよ。テレジアにごめんなさいは?」
案の定、メアリーアンからお叱りを食らう。
注意されたのはくじらのシンデレラなのに、ハーモニーの方が居心地悪そうに小さくなった。
シンデレラは可愛いもの好きでマイペースな妖精。
本名は誰にも教えない。
自ら名乗ったこの名前はどう考えても女の子だが、この妖精は男の子だ。
ついでにもう一つ説明すると、シンデレラは今くじらの姿をしているが、元は銀月宮のような人型の妖精。
自身の姿を自在に変えられる。
人の子に混じってブランコで楽しんだり、花壇に潜って虫と徒競走したり。
時たまに、大人の男性になってお酒を浴びるように飲み潰れる事も。
もちろん、そんな遊び方をすればメアリーアンから丸一日二十四時間お説教コースだが、シンデレラには懲りるという概念がない。
だが可愛い女の子に変じたシンデレラをメアリーアンが好きに着飾って愛でる光景も、まあ、珍しくはないのだ。
メアリーアンとシンデレラは、どちらかといえば仲が良い。
仲が今一つなのは、ご覧のとおりシンデレラとテレジアの方。
この二体は、気が合うようで根本的には正反対の考え方をする。
空に流れる雲を眺めて、テレジアは雨が降るかもしれないと思い、シンデレラは食べたらどんな味がするかなと思う。
これだけ違うところばかりなのに、二体は互いと競い合うのが大好きだ。
ややテレジアの方が、シンデレラをライバル視する傾向が強いが。
喧嘩とまでは至らないが、二体が競い合うと、あまりに時間を無駄に費やすので、いつもメアリーアンや銀月宮が止める。
シンデレラは、メアリーアンに注意を受けて気が変わったのか、君の手から自ら離れて、ぽちゃん。
池に入ると蓮の華の花の部分だけを頭に乗せて、すうっと地上へ上がってきた。
シンデレラの姿は、くじらから人間の少年に変わっている。
君と同じ背丈になると、頭に乗せた蓮の華をゆっくり両手で持って、君に差し出した。
「はい、お土産。大事に持って帰ってね」
ふふふ、と可愛らしく笑うシンデレラは、涼しそうな洋装をしている。
青を基調とした洋服は、襟や袖に大きなフリルがあしらわれている。
タイトなズボンにも、裾には三段ものフリルで飾られていた。
華美で可愛らしいけれど、なぜか少年にはよく似合っている。
それはシンデレラの顔立ちが中性的だからだろうか。
蓮の華をシンデレラから受け取ると、君はとっても嬉しくなって。
池の妖精たちに感謝する。
お礼を言いながらぺこりと頭を下げる君に、メアリーアンもシンデレラもテレジアもにっこり。
ハーモニーは気恥ずかしそうに、その場にちょこんと座って尻尾を丸めた。
「それじゃあ、そろそろ次の場所へ案内するわ」
赤いドレスをふわふわと揺らめかせて、メアリーアンが君の周りを踊るように一周する。
「もう行っちゃうの?」
小さな声で君に尋ねたのは、足元で小首を傾げるハーモニー。
君は、ハーモニーを安心させてあげようと、彼女の華奢な体をなでる。
「また来てくれるわよ。そうよね?」
メアリーアンの問いかけに、君は微笑んで頷いた。
プレゼントされた蓮の華を左手で抱えるようにして持ち替えると、君は池の妖精たち三体に向けて、右手をひらひらと振った。
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