ハーモニーとテレジア

 花畑をメアリーアンと一緒に横切ったその先には、桃色の蓮の華が微睡む池があった。

 変化する月の輝きを子守唄のようにして、花が広がったり丸くなったりする。

 花の開閉で池の水面が揺らぎ、水に写した星をまるで金平糖のようにぱくぱく食べていた。

 その池の向こう。

 自ずから光る二体の獣が、メアリーアンを待っている。

 一体は小さな猫。

 上半身は短毛、下半身は長毛で、地面から頭までの高さは二十センチ。

 頭から尾までは三十センチ程度の小さな子猫は、美しく大きな金の瞳を瞬かせて君を見つめる。

 猫の毛色はカメレオンよりも鮮やかに移り変わり、ライトブルー、紫、ピンク、赤、オレンジ、黄色と、一瞬たりとて同じ色同じ模様になりはしない。

 この猫は銀色になるのを目指し、月の明かりを真似しようと一所懸命に毛を光らせている。

 猫はしなやかに池の上を跳躍し、蓮の華の葉をぴょんぴょん伝って、迎えにきた。

「メアリー、その子、見に来たの?」

 君の顔を恥ずかしげに伺いながら、猫がメアリーアンに問いかける。

 メアリーアンは繋いでいた君の手の上に乗ると、踊り子のようにくるりと回ってドレスを翻した。

 ドレスの飾りが、星の光に彩られて、ふわりとまた甘い香りを纏う。

 その香りが猫をなだめた。

「ハーモニー、心配しなくていいわ。今日もこの子はお客さまとして来ただけよ」

 しとやかににっこり微笑むメアリーアンに安堵しながら、猫のハーモニーがしっぽをゆらゆらと左右に振って返事する。

 ハーモニー=エルミナシァドは恥ずかしがり屋の猫の女の子。

 エルミナシァドが本名だが、飼い主からもらったハーモニーという名前をとても気に入っており、メアリーアンもその名で呼ぶ。

 ハーモニーは、人には普通の子猫に見えるが、役割はエジプトのスフィンクスに近い。

 背中に魂を乗せてあの世とこの世を行き来する、運び屋でもあるのだ。

 ただし、ハーモニーが背中に乗せるのは、ハーモニーが許可した者たちだけ。

 ハーモニーは君の隣に移動して、横に並んで歩いてくれる。

 池の向こうでまったりと待ち続けていたもう一体は、どこまでも白く輝く馬。

 いや、額から金の角を生やしたユニコーンだ。

 夜空の中では眩しいくらいの白さに、君は目がくらむ。

「大丈夫?」

 心配してくれたハーモニーの背をひとなですると、ふかふかの毛が君の手のひらに寄り添った。

 ハーモニーが嬉しそうに、小さくみゃう、と鳴く。

「あれれ? 君にはちょっと刺激の強い輝きだったかな? うん?」

 けたけたと嘲笑うように言いながら、ユニコーンは体の光をぐっと萎ませる。

 直に太陽を見るみたいに、刺さるような光がユニコーンの角に凝縮して消えた。

 プルルと馬のように嘶くと、すべすべのベージュの角を持つ白馬になるユニコーン。

 彼の体長は、高さだけでも君の身長を軽く越える。

 頭から尾までなら、まあまず二メートルは下らないだろう。

 ユニコーンは頭を下げると、君にお辞儀した。

「ようこそ。妖精の国へ。また会えて嬉しいや」

 長い睫毛の奥から君を見つめて、ユニコーンが長い尾をさらりと靡かせた。

「今日も僕を撫でてくれて良いんだよ」

 ユニコーンの上から目線なおねだりを、君は受け入れてあげる。

 少しだけ指先を立てるように、かりかりと顎を撫でると、ユニコーンは気持ち良さそうに睫毛を伏せた。

「こらテレジア、お客さまに失礼しないの」

 メアリーアンがたしなめる。

 テレジアはユニコーンの名前だ。

 まるで女の子みたいなこの名前だが、からかうとその後ろ足で蹴飛ばされるから注意。

 あまり姿を見せず、妖精の国にいる事も稀で、気づいたらどこかへ消え去っている。

 今日は珍しい。

 ところで、テレジアが君に撫でさせた事を、羨ましそうに見つめて頬を膨らませている者がいるのだが。

 その事に気がついているハーモニーは、おろおろとメアリーアンを見上げるばかり。

 メアリーアンはテレジアにお説教中で、君はテレジアを撫でる手を止めるべきか否か悩む事で忙しい。

 とうとう、水面がぱしゃりと跳ねて、青い魚が飛び出してきた。

「ぼくを置いてなに楽しそうな事してるの!!」

 メアリーアンより一回り大きな、青い魚いや、くじら。

 ハーモニーの頭と変わらない大きさのくじらが、ぺちぺちとヒレを振って抗議する。

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