第5話


「さてと。私は紅茶をいただいたらすぐに明日のお料理の下ごしらえと今日の夕飯の用意をしますね」


「その前に。少しお話をしませんか?」


「はい?」



 二人分の紅茶をローテーブルに置いた沙霧が暁音に振り返る。ソファに促すその手に引かれるままに、暁音は沙霧の隣に腰掛けた。



「あの、お話とは?」



 暁音が顔だけ横を向いて聞くと、沙霧は少し身を乗り出すように暁音の方を向いた。



「さっきのお礼です。初めて自分を認めてもらえたみたいで、嬉しかったから」



 沙霧が頬を赤らめると、暁音はふいっと前に向き直った。



「お礼なんていらないですよ。私は何も」


「いいんです。私が勝手にするだけです。自分を大切にすることは、何をするにも欠かせない大切なお仕事ですよ?」



 そう言って微笑む沙霧に、暁音はムッとした表情で顔を背けた。



「沙霧さんだって自分を大切になんてしていないじゃないですか」



 ボソリと呟かれた言葉に肩を跳ねさせた沙霧は眉を下げた。言い返すに言い返せない様子の沙霧に視線を向けた暁音はしまった、と顔を引き攣らせて俯いた。



「あ、あの。すみません」



 暁音が弱々しく謝ると、沙霧は目を見開いた。それから目も口もゆるりと力が抜けて、肩を揺らした。



「ふふっ」


「どうかしましたか?」



 急に笑いだした沙霧に暁音が片眉を上げると、沙霧は口元を隠しながら首を振った。



「いや、暁音さんは思っていたより接しやすいというか温かくてほっとするなと思いまして。今もツッこんでくれたりしたじゃないですか。それが、すごく一緒にいて落ち着きます」



 照れくさそうに微笑む沙霧に暁音は深く、それでいてどこか優しい表情でため息を吐いた。



「沙霧さんって、昨日思ったより全然子どもっぽいですよね」


「うっ」



 痛いところを突かれた、とでも言う顔で苦々しく笑う沙霧は、小さく頬を膨らませた。



「私は社長令嬢とは言っても、城ヶ崎さんと結婚するほどの良家の出ではないんですもん。長く一緒にいるとどうしてもボロが出ます」


「拗ねないでくださいよ。確か、大学で城ヶ崎と出会ったんですよね?」


「はい。……あれ? 暁音さんって城ヶ崎さんから私のこと聞いているんですか?」



 不思議そうにする沙霧に、暁音も不思議そうに首を傾げる。



「まあ、高校時代の親友ですから」



 さも当然のような様子で言う暁音に、沙霧は一瞬ポカンと口を開けて動きを止めた。そして暫くしてから思考回路が追いついたのか、バッと立ち上がった。



「そうだったんですか!? あ、じゃあ、私が城ヶ崎さんと結婚するなら、暁音さんともお話する機会がこれからもあるかもしれませんし、ということでお悩み相談受けますよ!」



 そう言いながら暁音の両手を握ってグイッと近づいた沙霧に、暁音は吹き出した。大声で笑う暁音に沙霧が恥ずかしそうにソファに座り直すと、暁音は沙霧の頭をそっと撫でた。



「沙霧さんは本当に……私の妹に似ています」


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