第4話


 朝ご飯を食べ終えてお皿を片付けると、暁音は早速婚約発表会の準備のための準備に取り掛かった。沙霧も暁音から指示を受けつつ希望を言いながら、時には二人揃ってどこに仕舞われているか全く分からない壁飾りを家中探し回った。


 そんなこんなで何とか飾りつけを全て終わらせた頃にはうっかりお昼ご飯も忘れてしまっていた。


 おやつの時間になって軽食として暁音がサンドウィッチを作って二人で食べる。その頃には何となくお互いに距離感が掴めたらしい二人は、すっかり緊張も解けた様子だ。


 暁音はお皿を洗いながらホッと息を吐いた。



「朝のことは忘れてくれたかな」



 小さく呟いた声に、沙霧はダイニングテーブルからちらりと暁音に視線を送った。上を向いて考える素振りを見せると、満面の笑みで頷く。


 そろっとキッチンに入り込んでケトルでお湯を沸かそうとセットした。



「何か飲みますか?」


「はい。紅茶を飲もうかと」


「では、お任せしますね。ああ、お湯を沸かすなら上のスイッチ押してください」


「ん? あっ」



 暁音は顔を向けずに真後ろで困っていた沙霧をフォローした。沙霧は驚きと尊敬に満ちた眼差しで暁音の背中を見つめると、気合いを入れ直してコップを二つ取り出した。



「暁音さんは何を飲みますか?」


「私も良いんですか? では、紅茶をお願いします」


「分かりました!」



 戸棚から茶葉を取り出す音を聴きながら、暁音は背中合わせに問いかけた。



「沙霧さんは紅茶を淹れるのがお上手ですよね」


「はい。大学生の間はカフェでアルバイトをしていて、マスターから紅茶の淹れ方だけは、と完璧になるまで教わったんです」


「紅茶だけ、ですか?」


「はい。私はかなり不器用だったみたいで、他の料理は全く上達しませんでした」



 沙霧が恥ずかしそうに俯くと、ちょうどカチッとお湯が沸いた。



「あ、沸きましたね」



 暁音は沙霧が恥ずかしさを掻き消すようにパタパタと動くのを感じながら手を拭くと、振り返って沙霧が立っている真上の棚から布巾を取り出した。


 覆いかぶさられるような状況に戸惑う沙霧とは裏腹に、暁音は飄々とした表情のまま口を開いた。



「人には得手不得手がありますからね。私だって、家事は得意と言って良いかもしれませんが、学業の方はあまり良くなかったですよ」


「そう、なんですね」



 ティーポットを持つ手を止めて、少し考え込む素振りを見せた沙霧は、晴れ晴れしたような穏やかな表情で丁寧に紅茶を淹れる手を動かし始めた。


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