第3話
プランについて話し終え、その日の夕食は会話もないままに済ませた二人はそれぞれの部屋で眠った。
翌朝、日の出とともに目が覚めた暁音は静かに階段を下りるとキッチンに立った。ハムエッグやソーセージを焼く香りや味噌汁の出汁の香りに釣られるように目を擦りながら下りてきた沙霧は、アイランドキッチンの向かいから暁音の手元を覗き込んだ。
「おはようございます」
「おっ、おはようございます。朝ごはんもありがとうございます。美味しそうですね」
フライパンから目を離すことなく声をかけた暁音に、沙霧は驚きながらも顔を上げて挨拶をする。
沙霧がすぐにフライパンに意識を持っていくと、暁音は可笑しそうに顔を上げた。暁音の緩んだ口元に気づかないまま、沙霧は照りのある黄身を嬉しそうに見つめた。
「スクランブルエッグの方が良いかなとも思ったのですが、これで大丈夫ですか?」
「はい。私、ハムエッグ大好きなんです!」
「それは良かった」
子どものようにキラキラした目で自分の手元を追いかける沙霧を横目に、暁音はミルクにはちみつを垂らした。レンジに入れてボタンを押すと、コンロの前に戻ってフライパンからハムエッグとソーセージを取り上げた。
用意してあったサラダを置いた平皿にそれぞれの分を盛り付けると、レンジが軽快にピーピーと呼び立てる。暁音はレンジからホットミルクを取り出すと一枚の平皿と一杯のホットミルクをダイニングテーブルに運ぼうとして、ふとそわそわする沙霧に目を向けた。
「運んでくれますか?」
「いいんですか!」
「やりたいのでしょう?」
「実は、お手伝いというものを一度はやってみたかったのです。家では、一応お手伝いさんがいますから」
恥ずかしそうに俯く沙霧に、暁音は納得した様子で苦笑いを浮かべる。
「熱いですから、気をつけて運んでくださいね」
「はい!」
顔を上げると、もう仕事をもらえて嬉しい気持ちだけが全面に出る沙霧に、暁音は小さく笑みを零しながらお皿とコップを手渡した。沙霧が暁音の分を運ぶ間に暁音がご飯を二膳をよそって運ぼうとすると、沙霧はそれも楽しそうに受け取った。
暁音は緩んだ気持ちのまま、蓋をしてフライパンの隣のコンロで温めておいた味噌汁も二人分よそうと、また手を伸ばしてきた沙霧の手を今度は止める。
「これは私が運びますから、お箸を運んでいただけますか?」
「分かりました!」
暁音は味噌汁を運びながら沙霧がまた楽しそうに引き出しから箸を取り出すのを見て口をキュッと結んだ。お椀をダイニングテーブルに置くと右手で両方の目尻を押さえる。
箸を手にしてダイニングテーブルに向かっていた沙霧はその姿を見て暁音に駆け寄った。
「あの、大丈夫ですか? 頭が痛かったりしますか? あ、枕が合わなかったとか!」
沙霧が箸も持ったままあわあわと暁音を見上げると、暁音は右手を下ろして首を振りながら微笑んだ。
「大丈夫です。なんでもないですよ。ご心配をおかけしました」
沙霧は不安そうに暁音を見つめると、暁音の目尻が湿っていることに気がついた。
「でも、涙が」
「目にまつ毛が入っただけです」
暁音が間髪入れずに強く切り返すと、沙霧は不服そうに頬を膨れさせた。しかしすぐに頬から空気を抜くと、フンスと気合を入れた。
「まあ、いいです。とりあえず先にご飯を食べましょう。腹が減っては戦はできません!」
「え、戦う気ですか?」
「暁音さん、私はお節介でしつこいとよく言われます。覚悟してください!」
沙霧は不敵に笑うと、呆気にとられる暁音を置いて席に着いた。
「さあ、食べましょう! せっかくのご飯が冷めてしまいます!」
立ち尽くしたままだった暁音は、沙霧の元気な声に気が抜けたようなため息を吐いて席に着いた。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
幸せそうに頬張る沙霧を見ながら、暁音は満足気な面持ちで手を合わせた。
「いただきます」
箸を持ち上げて食べ始めた暁音の視線はお皿から、時折沙霧に向けられた。
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