01-2

物心ついた時から、母である人は留守が多かった。

それでも小さい頃はまだ、親子の触れ合いが多少はあったと思う。



小学生になると、だんだん母が帰って来ない日が増えた。

週に一度ほど母の妹である叔母がうちに来て、家の中のことをやってくれていた。



ある日、久々に会った母に私は訊いた。


『なんでうちにはお父さんがおらんと?』


みんなには居るのに、なんで私にはいないんだろう?

ただ単純に、ずっと疑問だった。


多分きっとそれまでも何度か、無邪気に聞いたことはあったはずだ。

だけど答えはないまま、流されてきたんだ。



今日こそ、ちゃんと教えてくれるかな。

そんな小さな私の期待は、一瞬で崩壊した。


私のその言葉を聞いた途端、母が般若の様な顔で怒鳴ったのだ。



「うるさい!!!!」



何が起こったのか、一瞬分からなかった。

気が付いたら、毛足の長いラグマットが目の前にあった。


ゆっくり起き上がると、左の頬がジンジンする。

痛みのおかげで、自分が張り飛ばされたんだとわかった。

痛む頬を押さえて、呆然と母を見つめる私。


母は言った。



「私もあんたも捨てられたと!お父さんなんかおらん!必要ない!二度とお父さんって言葉を口にせんどって!聞きたくもない!!!!」



普段は気だるそうに低い声で喋る母が、ビックリする様な大声で私に言い放った。

母の肩は、殴られた私以上に震えてた。


意味が分からないなりに、触れちゃいけないことだったのだけは理解出来た。

私は頬を押さえたまま、何度も何度も頷いた。


母の震える肩と怖い顔…そして「私たちは捨てられた」という言葉だけが、ずっと鮮明に記憶に残っている。



母に叩かれたのは、この一度だけだったと思う。

母がこれほど怒ったのを見たのも、この時だけだったと思う。


何故なら私たち母娘は、この先ロクに一緒に過ごしていないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る