第47話

ある夫婦の元にやってきた赤子。

その子の遺伝子上の父親は、俘虜の事故により数年前に亡くなっており、遺伝子上の母親は、とある有名大学に通う女子大生。


その赤子は、誰も他に知る人はいない、試験管ベイビー。

精子バンクから、身元を割り出すことが済んでいる精子と、家系に著名な大学の出の優秀者が多い、能力が優れているといわれる女子大生の卵子を選んで受精させたデザイナーベイビー。



ある夫婦の元に程なくして、ある女性がやってきた。

その女性は、ある夫婦の赤子を抱き、言った。


「なんて可愛いの」


その女性は、夫婦としばらくの間、なんてことない話をして談笑した。そして、夫婦の内、夫が用足しに席を外し、妻が洗濯物を取り込みに席を外した。

そのほんの少しの瞬間だった。

「千歳を見ていてくださいね」


そう言われたその女性は、夫婦の姿が見えなくなると、千歳と呼ばれた赤子を腕に抱き、その夫婦の家を飛び出した。


走った。


走って、走って、バス停まで。

誰も追いかけてくることはなかったが、急いでいた。誰かが追って来れば、奪われてしまうからだ。

この腕に抱いた赤子を。誰にも渡したくなかった。


愛する人の子供だから。


その女性は、その赤子を作るのに使った精子の持ち主の男性が、生前交際していた女性だった。

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