第43話

父親は、蛍光灯に照らされた居間で、新聞を広げながら、コーヒーを飲んでいた。


「お父さん、おはよう。わたしの本当のお母さんはどこ」


父親は、驚いた表情でこちらを見た。

「本当のお母さんって、今、言ったのか」


すると、台所の母親の光る眼が千歳を捕らえた。


「何言っているの。お母さんはここにいるよ」


千歳はぎくっとした。

本当のお母さんじゃないよ。この人は、わたしの本当のお母さんではない。夢に見た顔と違うから。


「千歳、変な子。お母さんはここにいるのに何言っているの」


母親は、微笑を浮かべながらも、その口元はひきつっている。


こんな人じゃない。

もっと美人で、優しそうな人。わたしのお母さんは。

千歳は、呪文を唱えるように繰り返しながら、父親の着ているシャツの裾を引っ張った。


「本当のお母さんに会いたいの。本当のお母さんに逢わせて」


「千歳、やめなさい。本当のお母さんは、そこにいるよ」

父親は、困った顔をして言った。そして、少しの間、押し黙って、考えるようにして、言った。

「千歳、どうした。何かあった」


千歳は、うつむき、覚悟して声を出した。

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