第40話

そうつぶやくのを、聞くか聞かないかの瞬間、母親ではない顔が見えた。


千歳と呼んだ赤子を抱きながら、温かい眼差しでこちらを見ながら微笑んでいる。

高揚して、少し赤くなった頬に、上がった白い息。


どこかから逃げてきたのだろう。速足で、最終便のバス乗り場へ急いでいる。


「千歳、なんて可愛いの。わたしの子。生まれてきてくれてありがとう。大好き」


つぶった瞳から涙が流れるのを感じた。

これは、綺麗な透明の涙。


自分は、ただの人間に戻れたのだ。


「今すぐ、もう少し待って、じきに、もうちょっとだよ。わたしの本当の子にしてあげ

るからね」

流れた涙が、枕にシミとなる。

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