第34話

マスターが家を出た後、すれ違いで、南さんが顔を出した。



「弥生ちゃん、お待たせ。怪我見せて」



南さんは、救急箱を持ってソファーに座った。



「お手数おかけします」



私は南さんの隣に座り、頭を低くした。



「薬つけるね。ちょっと沁みるわよ」



南さんは、頭、額、口元、首回りに薬を塗り、爪は、剥がれた隙間に軟膏を塗ってテーピングで固定してくれた。



「すいません。ありがとうございます」



「痛みは、今日がピークかも」



「明日は仕事なので、明後日、病院行こうと思っています」



「明日仕事なの?大丈夫?」



「もう大丈夫です……」



「……病院行ったら、診断書もらっておきなさい」



「その方が……いいのかなぁ?」



「もし今後、脅されたり、復縁を迫ったり、恐怖を感じる事があるかも知れないから、診断書はもらっておいたほうが安心よ」



「そうですね。そうします」



「……ところで、今日は、あきらと楽しく朝食食べた?」



南さんは、救急箱の中身を整理しながら、ニヤリと笑って、私に質問した。



「……マスターは、自分の部屋で食べたみたいです。きっと、私が苦手なんだと思います」



「弥生ちゃん。ごめんね」



南さんは、深くため息をついた。



「それで、あの~今日、アパートに戻ろうと思います。いろいろとお世話になりました」



「弥生ちゃん、あなたの心はまだ不安定なのよ。ひとりになっちゃだめ」



「でも、生ゴミとか捨てたいし……制服もあっちにあるし」



「制服をここに持って来て、ここから仕事に通ったら?」



「通販の荷物も、来週届く予定で……」



南さんは、一生懸命引き止めてくれるけど、一緒に住んでいるマスターは、きっと嫌だろうし、これ以上、マスターに迷惑をかけたくなかったから、私は言い訳を並べ、帰る意思を伝えた。



「でもね、鎮痛剤飲んでるから、今日は運転できないのよ」




「バスで帰ります。それで、車をこのまま置かせて下さい。明日の朝取りに来ますので」




南さんは、がっかりした顔を見せながら、「分かったわ」と納得してくれた。



「……じゃあ、お昼は、南家でランチしましょう。うちの旦那に美味しいもの作ってもらうから」



「いいんですか?」



「もちろん、もちろん。ランチの準備できたら、迎えに来るね―」




南さんは急いで部屋を出て行った。


お客様と美容部員の関係……たったそれだけの関係なのに、南さんはどこまでも優しく、暖かかった。


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