第21話
マスターの運転する車に乗り、私は緊張して何も話せなかった。
さっきまで、積極的に話していたマスターも、なぜか無言になり、車内は静まり返る。
この人は本当に、チロルのマスターなのか⁇
実は別人で、私は誘拐されてるのでは⁇
と、思ったりもした。
――5分程車を走らせ、車は止まった。
隣には、大きなSVU車が停まっていた。
「ここが僕の家で、隣がおばさんの家です」
車を降りて後ろを見ると、中庭を挟んで2つの家が並んで建っていた。
マスターは『葛西』と掲げられた門扉を通り、
家のドアの鍵を開けた。
「どうぞ、お入り下さい」
マスターが扉を開けると、木の匂いが漂い、建てて間もない家だと分かった。
『ワン、ワン、ワンワンワン』
突然奥の部屋から、ゴールデンレトリバーが走って来て、私に向かって吠えてきた。
番犬さながらの勢いで、今にも飛びかかりそうだ。
「あっ、弥生さんすみません――チロル、お座り!」
その犬、チロルは言葉を理解し、ちょこんと座った。
マスターはチロルを優しく撫で、
さっきのドラッグストアで買った、犬のおやつをチロルに食べさせた。
するとチロルは、嬉しそうに尻尾を振り、吠えなくなった。
私はその光景を目にし、その犬が可愛くて触りたくなった。
「すみません。この犬、臆病なんです。だから、強がって吠えちゃって……今、外に出しますね」
マスターは、犬の首輪にリードを付けた。
「あっ、大丈夫ですよ。私、犬、大好きなんです」
「そうですか。じゃあ、チロルと遊びますか?」
「はい、遊びたいです」
「指の怪我に気をつけて、遊んで下さいね」
マスターは私に、犬のおやつを渡してくれた。
私は腰を落とし、チロルにゆっくりと触れ、おやつをあげた。
するとチロルは、パクリとおやつを食べ、私の匂いを嗅ぎ、私の顔をペロペロと舐め始めた。
私はくすぐったくて、顔をそらした。
それでもチロルはずっと顔を舐め続け、私は笑ってしまった。
「えっ、、、あの、すみません、舐めるのやめないんですが……」
「チロルは、涙や鼻水が好きなんです」
マスターはチロルに「待て」と声をかけた。
チロルは、それでも舐め続けた。
「弥生さんの鼻水は、すごく美味しいんですねー」
「それは褒めてるんですか?それとも貶しているんですか?」
私の言葉に、マスターはクスッと笑った。
私は、マスターの笑った顔を初めて見た。
一瞬だったけど、素敵な笑顔だった。
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