安らぎ

第20話

店を出て駐車場に向かっていると、誰かが声をかけてきた。



「あのぉ〜すみません〜」



振り返ると、さっきレジにいた男性だった。

 


「あの〜坂口弥生さかぐちやよいさんですよね?」



「えっ、……はい」



私は慌てて、パーカーの袖で涙を拭き、男性の顔を眺めた。



しかし、誰なのか分からない。



私が首を傾げると、男性はこう言った。



「チロルの家の葛西かさいです」



「えっ、、、」



私は思わず二度見をした。



マスターはいつも七三分け。でも今はサラサラヘアー。


マスターはいつも、カマキリみたいなメガネをかけている。でも今はかけていない。


マスターはいつも、シャツをスラックスにインしている。でも今はTシャツにハーフパンツ。シャツはインしていない。



まったくの別人で、イケメン過ぎて気が付かなかった。



「すみません、ちょっと失礼します」



マスターは、躊躇なく、私の髪の毛をかき分け、怪我を観察した。



「この怪我どうしたんですか?」



「いや、その、転んじゃって……私、そそっかしいから……」



私は涙を堪えながら、笑って言った。



「吐き気や、めまいは無いですか?」



「全然、無いです」



「彼氏さんは、この怪我の事、知ってるんですか?」



「えっ……。あ、、、その、、、」



その質問に戸惑い、我慢していた涙が溢れ出た。



マスターは無言でハンカチを差し出し、私が泣き止むのを待ってくれた。



「あの〜僕の家近いんですが、行きませんか?」



意表を突く発言に、私は驚き、



「いえ……もう……大丈夫です。ありがとうございました」



と、やんわり断った。



「僕の家には薬、ありますよ。それに、南あつこさんもいますよ。おばさんは昔、看護師だったんで、手当してもらいましょう」



「えっ、あっ、そうなんですか……でも……」



私が答えを出す前に、マスターは車の運転席のドアの前に立った。



「弥生さん、鍵貸して下さい!僕が運転します」



いつも無口のマスターが、積極的に話してきたので、私は驚いた。

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