第3話

「チロルのマスター、本当に彼女いないんですか?」



私は、シャンプーを2本手に取り、カウンターに並べた。



「そうなのよ……4年前に彼女と別れてから、ずぅーっとひとり……」



「4年……ですか……」



私は、"噂話の彼女"だと思った。



そして更に、マスターのプライベートに興味が湧いて、質問を続けた。



「マスター、料理も上手だし、女性客も多いし、隠しているだけで彼女いるんじゃないですか?」



「…… あんな身なりで、しかも臆病で……彼女がいるわけない」



南さんは、ため息をつきながら、シャンプーの商品名を老眼鏡で確かめた。



「マスターって、シャイですよね?物静かで、私が話しかけても無視されます……避けられてるみたい」



「バカなのよ……ほんと困っちゃう」



私は、南さんのバカ発言に笑ってしまった。



「南さん、まるでお母さんみたいですね」



「あの子ねぇ……中学の時、両親を事故で亡くしているの。だから、私が面倒見てきたの。うちには子供いなかったから、生き甲斐ができて、丁度よかったの」



「大変だったんですね」



南さんは、私が仕事を辞めると知り、最後だと思ったからなのか、いろいろな話をしてくれた。



「輝がさぁ、親を亡くしてすぐの頃、両親が帰ってくるかもしれないって、毎日泣きながら玄関で待っててさぁ……切なかった」



その話を聞いて、胸が締め付けられた。



両親を亡くし、家族の温もりが恋しくて、彼女に愛を求め過ぎたのだと、私は噂話と重ね合わせた。



南さんは、その噂話、知っているのだろうか?


 

いや、知らないだろう。



知らない方がいい……



私は3年前のあの日を思い出した。

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