第37話:「戦況は反撃に」
精鋭と呼ばれるギルド専門部隊のメンバーが二人も死んだ。
そして、事前に立てていた策も通用しそうにない。
唯一プラスに働いていることと言えば、フォルミードーの体に突き刺さったクロスボウのボルトのおかげで、全身は見えずとも何となくの位置が俺にも分かるようになったことだけだ。
『あははははははははーはははははははは! あーっはははははははははははははは!! みんな! みんな! 死んでいくねぇぇぇぇぇぇエエエエエエ!!』
フォルミードーは狂笑を上げながらあちこちを走り回りだした。
残っているメンバーが誰も狙われていない今がチャンスと見て、俺たちは一度集合し、小声で話し合うことにした。
「クソッ! ディオンだけじゃなく、イヴァルまで殺られた!」
「ということは、やっぱりディオンは……」
「ああ、死んでたよ。腹に大穴を開けられた上で、首を引きちぎられてた」
「トチ狂ったバケモノめ……!」
フォルミードーを捜索しに行ったオルテガとイヴァル曰く、ディオンの死体は俺たちのいるこの現場から少し離れた所にあったそうだ。捥がれたはずの首はどこにも見当たらなかったという。
恐らく、ヤツがここまで持ってきたのだろう……胴体の部分だけを。
オルテガの報告を聞いてランキルトが悔しそうに毒づく。
気持ちはよく分かる。
むしろ運良く死なずに済んだフォックスを友人に持つ俺とは違って、彼らは大切な仲間たちを殺されたんだ。その怒りは、もしかしたら俺よりも大きいかもしれない。
しかし今は感情を剥き出しにしている場合じゃない。
フォルミードーがこちらに注意を向けていない今の内に、新たな作戦を打ち立てる必要があるのだ。
「だが、罠は見破られてしまうんだろう? どうする?」
「ブービートラップならあるいは……しかし、巻き添えになるリスクが高いな。やはり決死の覚悟で反撃するしかないか?」
「……ごめん、無理だよ、無理。悔しいけど、俺はあんなヤツを相手にまともに剣を振れる自信がない。囮役をやるので精一杯だと思う」
セザールたちギルド専門部隊が半ば諦観を含んだ話し合いをしている中、俺はその会話に混ざらず思考を必死に回転させる。
落ち着け。落ち着いて考えろ。ヤツが何らかの進化を遂げているのは確実だ。
だが、俺は一度ヤツと戦った経験がある。
同じ存在なんだから、根本は同じような行動を取るはずだ。
思い出せ……アイツは一体、どういう動きをしていた……?
ふと、俺の頭の中に瞬間的な閃きが走った。
そうだ。ここまでの急展開のせいですっかり忘れていたが、もしかしたら突けるかもしれない弱点があるじゃないか。
「一つだけ策が残されてるかもしれん」
「「「……?」」」
「道中で軽く話したと思うが、フォルミードーには幾つかの形態がある。俺が確認できた範囲では、今みたいな形態と、泣き叫びながら暴れ狂う形態、そして絶叫しながら神出鬼没になって手が付けられなくなる最悪の形態の三つだ」
そこで俺は何が言いたいかを強調するために、一度言葉を区切る。
「まずは悪い報告から話そう。ヤツの形態を変える条件は分からない。ヤツの意思次第なのかもしれないし、こちら側の何らかの行動に反応して変わるのかもしれない」
「なら、良い報告の方は?」
続きを促され、俺は返答した。
「泣き叫びながら暴れ狂う形態──通称"慟哭状態"と呼ぼう。この状態のときのヤツは、およそ理性の感じられない動き方をするんだ。だから、慟哭状態にさえできれば……罠に嵌めることも可能かもしれない」
「つまりまだ勝機はあるってことか!」
「でもさ、条件が分からないんだろ? ってことは、それまでに全員殺られるかもしれないってことじゃんか!」
「だが、今彼が言った作戦以外に何かこの状況を打破する方法があるか?」
「いや……ない、けどさ……」
オルテガに諭され、ランキルトは渋々といった様子で頷く。
形態変化の条件を探ること、それ自体がかなりの無理難題だが……そうしない限りどのみち俺たちに勝利できる条件はない。
残された罠は六つ。
木に仕掛けられたブービートラップが三つに、トラバサミが二つ、スネアが一つ。
ブービートラップだけで殺しきれるとは思えないので、実質チャンスは拘束型の罠三回分だ。
フォルミードーにこのトラバサミとスネアを破壊される前に何とか慟哭形態に持ち込めなければ、その時点で俺たちの敗北は確定する。
とりあえず最初に試す策としては、俺があの時取った行動をそのまま模倣してみることからだな。
その前に、イザベラに一応の報告を入れる。
多分これが連絡を取れる最後のタイミングだろう。
「本部、聞こえるか? ヴァニだ。現在フォルミードーと交戦中。ヤツの知能は事前情報と異なり非常に高く、既にディオンとイヴァルが死亡した。これから最後の決死作戦を実行する」
『こちらイザベラだ。……そうか、やはり犠牲が出てしまったか。了解した。作戦が成功してフォルミードーを討伐できることが最も望ましいが、万一失敗したら一度撤退してくれても構わない。人命を最も優先してくれ。幸運を祈る』
一瞬沈痛な声音で応答したイザベラだったが、すぐに冷静な声に切り替えて今後の行動について指示を出し、通信が切断された。
さて、後はやってみるだけだ。
しかし撤退、か……。それこそありえないな。
フォルミードーの危険性も、害悪さも、そして脅威も。
全て再認識した。やはりこいつはこの場で確実に殺さなければ駄目だ。
だから、もし最悪の事態になったその時は──
「それじゃあ行くぞ。まずは俺が最初にヤツを慟哭状態にした時のままの行動を取ってみる。お前らはフォルミードーに狙われないよう気を付けて、もし攻撃されたら回避に徹してくれ」
「了解だ。しかしお前の狙いが外れたらどうする?」
「ブービートラップを狙いつつ各員での遠距離攻撃に切り替える。だが、例えば投石みたいな挑発するだけの攻撃は避けてくれ。さっき説明した最悪の形態に移行される可能性がある。それと、もしチャンスだと思ったら合図するから、そのときは支援射撃を頼む」
「なるほど、わかった。しかし自分とランキルトは遠距離の攻撃手段を持ってるが、オルテガはファルシオン一本だけだったな……。フォルミードーの多腕を掻い潜りながら接近戦をするのは厳しいだろう。よし、オルテガは攻撃には参加せず、必要に応じてヴァニにフォルミードーの詳しい状態を報告してやってくれ」
「ああ、承知した」
各々の役割を決め終え、目配せで合図して行動を開始。
まずは俺がクロスボウでフォルミードーに威嚇射撃をして注意を引き、意識をこちらに向けさせる。
高価なボルトを威嚇射撃に使うなどと思うかもしれないが、必要経費だ。
「おい、バケモノ! いつまで独りで笑ってんだ? そろそろ相手してくれよ」
『あははははははは! なぁに? 遊んデくれるのォォォオオオオオオオオ?』
狙い通りフォルミードーは走り回ることを止め、俺に向かって突進してきた。
【白翼の鷲】の目撃証言のおかげで乱撃の謎は既に解けている。
フォルミードーの腕は長く、そして多数あるからこそ四方八方から攻撃できるのだ。
攻撃する際には実体化するはずなのにヤツの攻撃を防げなかったのは、恐らく歪なほどに関節が多いから自由に折り曲げて角度を変えられるのだと推察する。
もちろん見たわけではないから確定情報ではない。だが、そうだとしか考えられないし、それなら説明も付くというものだ。
問題なのは、それが分かったところで対策する術はないという点だけだな。
故に、本当に最初の交戦時と同じように、肉を切らせて骨を断つような戦い方で攻撃の応酬を繰り広げる。もちろんこちらの攻撃は当たらないが。
それにしても、やはり通常形態のフォルミードーの攻撃は甘い。
何度も攻撃が俺に当たるが、打撲傷にはなれど、どれも致命打になるようなものではない。
『痛い? 痛い? 痛い? 痛い? 痛い? ねぇ、ねぇねぇねぇねぇ、怖い? 怖い? 怖いィィィイイイ? きゃははははははははははははははははははははは!』
進化によって多少の語彙力を得たフォルミードーは、あの時のように色々な人間の声で笑うだけではなく、こちらを煽るような言葉を投げかけてくる。
本当に煩わしいことこの上ない。無駄な知恵ばかり付けやがって。
「いいからさっさと──くたばりやがれッ!」
吐き捨てつつ適当に振るった剣がたまたま当たったらしく、ぐじゅっとした肉を断つ感覚と共に虚空に紫の体液が迸る。
『イヤァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
思わぬ反撃にフォルミードーが驚愕の声を上げ、一瞬動きが止まった。
「今だ! 畳み掛けろッ!!」
それを好機と見た俺は、遠方で控えているセザールたちに声をかける。
セザールたちはすぐに反応し、弓や小型のクロスボウでフォルミードーに遠距離攻撃を浴びせ掛ける。
──そして今度こそ、結果は俺たちの期待通りのものになった。
『ウ…………ヴゥ……痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……ヴォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
フォルミードーは狙い通り、慟哭状態へと移行したのだ。
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