第35話:「一陣の冷たい風」
恐らくカラスたちが飛び立ったであろう場所に辿り着くと、
間違いなくヤツはこの近くにいる。俺はそう確信する。
「これが情報にあった冷気か……本当に寒いな」
「手が、手がかじかんじまうよ~!」
セザールたちも寒さに身を震わせていた。
「じゃ、手がしっかり動く内に罠を設置しようぜぃ」
「そうだな」
各々で手分けをして、辺りに罠を置き始める。
地面にはトラバサミとモンスタースネアをバラけさせて置き、木の間にはブービートラップを張り巡らせて完成だ。
後はこれに対して、囮役の人間が引っ掛からなければ問題ない。
もちろんそれは、攻撃役の俺にも当てはまることではあるがな。
十数分ほどして準備は整った。
残るはヤツをここに連れて来さえすれば、いよいよ全てが始まるわけだが……。
「それで、どのようにしてフォルミードーをここにおびき寄せる?」
「誰かが探しに行って引っ張ってくるしかないだろうな」
ディオンの問いかけに、オルテガが回答する。
「えー、俺はパス! 絶対迷う自信しかないし!」
「はいはい、馬鹿言ってないで真面目に考えような。腐ってもハンターなんだからさ」
ランキルトは断固拒否といった感じで否定し、それをイヴァルがやんわり窘める。
残念ながら俺にフォルミードーの姿を見ることはできないので、他の四人の内の誰かに頼むしかない。
彼らの部隊として考えたら、部隊長であるセザールもこの場に残るべきだろうからな。
「それじゃ、公平に"ソードジャッジ"で決めたらいいんじゃないか?」
俺はそう提案する。
ソードジャッジというのは、まず剣を中心に全員が円形に並ぶ。
そして、倒れた剣先の方向にいた人間が行動するという決め方だ。
「ではそうしようか」
「後腐れもないし、良い案だな」
「いいねぇ、乗った」
「えー……。俺、こういうとき大体貧乏くじ引くんだよなー」
そして俺とセザール以外の四人が中心に空間を空けて並び、中央に剣を垂直に立てる。
そしてその剣がゆっくりと倒れ──
「……俺のようだな」
選ばれたのは、ディオンだった。
その横で、ランキルトは密かにガッツポーズをしている。
まぁ悪くない人選だろう。
ディオンはこの中で一番冷静な人物だし、これは完全に主観だが頭も切れそうだ。
フォルミードーの位置を素早く特定し、ここに連れてくることも簡単にできそうな印象を抱いている。
「それじゃあ俺たちは待機してるから、頼んだぜ」
「気を付けろよ、ディオン。フォルミードーはかなり俊敏だと聞く」
「頑張ってな~」
「ああ。任せてくれ、すぐに連れて戻って来てみせよう」
俺やセザール、そしてイヴァルの言葉に頷き、ディオンは森の奥へと向かっていった。
仮にフォルミードーではなく他の魔物に出くわしたとしても、実力はあるようだから問題ないだろう。……それこそ、俺のときのようにスキンテイカーやサベージアームの群れに遭遇しない限りは。
──だが、それからどれだけ待ってもディオンは帰ってこなかった。
「なぁなぁ、流石に遅くない?」
ランキルトが問いを発する。
「見つけるのに手間取ってるか、あるいは……」
そこでオルテガは口を
きっと、その先の言葉は紡ぎたくなかったからだろう。
俺はここまでにずっと抱いていた不安の一つを理解した。
そう言えば聞いていなかったのだ。セオドアたちのハンターとしてのランクを。
セオドアたちはマッドスタッグを狩ろうとしていたと言っていた。
繰り返すようだが、マッドスタッグそれ自体は強い魔物ではない。
だがその角は素材として重宝されているので、どんな高ランクのハンターでも依頼を受けること自体はある。
仮にセオドアたちが白金級、あるいはフォックスら【白翼の鷲】に並ぶ金級……そうでなくとも最悪、銀級としてそこそこ長いハンターならば──
『ぐああああああああああああああッ!?』
そこで、ディオンと思わしき男の断末魔が聞こえてきた。
「今の声は……ディオンか!?」
「おいおいおい、これってマズいんじゃない!?」
「今すぐ助けに行かねぇと!」
「間に合うとも限らないだろ! クソッ、ディオン……!」
セザールたちの間に動揺が走る。
強い魔物にやられたのか、あるいはフォルミードーにやられたのか。
どちらにせよ、この森で今の叫び声ではディオンはもう助からないと見るべきだろう。
やはり犠牲は避けられなかったか……。
まだ少し話したばかりだったが、ディオンは堅苦しいが間違いなく良い奴だった。
俺は悔しさから、舌打ちを一つする。
……後悔は後だ。
ディオンが駄目だった以上、新たに誰かがフォルミードーを誘き寄せる役割を負わなければならない。
だがこんなことになって尚、捜索役を志願する奴がいるとは思えない。
そう思っていたのだが、意外なことにオルテガが後を引き継ぐ旨を発言した。
「次は俺が行こう。ついでにディオンも探してくる。まだ生きている可能性もあるからな」
「だけどディオンはよ……!」
「そう簡単に諦められるほどの淡白な関係だったのか、あいつは? 俺はそうは思っていない。それに、もし本当にあいつがもう駄目だとしても、それならせめて遺体を見つけて仇を取らなきゃ気が済まないだろうが」
「なら、俺もついてくよっと。一人より二人の方が何かと都合がいいだろ?」
オルテガの決意をランキルトは止めようとするが、彼の意思は固い。
更には、イヴァンがオルテガに同行すると言い出した。
「待て、お前ら。少しだけ考え直せ。もしこれでお前らが二人とも共倒れになったら、この場に残るのは自分とランキルト、それからヴァニの三人だけになる。その間にフォルミードーがここに現れたら……作戦の成功率が極端に下がるのは理解できるだろう?」
きっと気持ちはセザールだってオルテガたちと同じはずだ。
だが、ギルドの専門部隊長としての立場からか、感情を押し殺して冷静に指摘する。
何が起きたとしても、作戦の遂行を何よりも優先しなければならないのだ。
「言ってることは分かる。しかしどっちにしたって、フォルミードーをこの場に引っ張って来ないことにはどうにもできないだろ? 大丈夫だ、お前の懸念も理解している。何かあったら魔道具で連絡を頼む、すぐに戻ってくるから」
「……いいだろう。だがこれだけは肝に銘じてくれ。絶対にしくじるなよ。必ず二人とも生きたまま、"ヤツ"を連れて戻るんだ」
「おう、任せときなって。そのためにも、ここは死守しといてくれよな」
「……絶対にここで終わらせる。では、信じて待っていてくれ」
オルテガの主張に根負けしたセザールはそう許可を出し、二人はディオンが向かったのと同じ方向へと消えてゆく。
俺は……止めるべきだったんだろうか。
今のあいつらにある感情は俺と同じ"復讐心"に思える。
フォルミードーに対する恐怖はあるのだろうか?
特にイヴァルに関しては、ここに来る前からずっと気楽に構えている様子だった。
もし"恐怖心"がなければ、存在に気付けずに頭からバクリ……ディオンと同じ末路を辿ることになるだろう。
それでも止めなかったのは、信頼の置ける仲間が犠牲になったことと、フォルミードーが本当にこの近くにいると知ったことで、少しでも恐怖の感情を持っていると思ったからだ。
彼らに頼る以外に方法が無い以上、信じて待つしかないだろう。
「ランキルト、大丈夫か?」
「あ? ああ、大丈夫、大丈夫だって。ぜ、全然平気だし。いざとなったらちゃんと動けるから、心配しないでくれよ」
「……そうか、ならいいが」
不安そうにしているランキルトにそう尋ねると、ランキルトは言葉をつっかえさせながらもコクコクと頷いた。
先程までの陽気さはもはや見る影もないが、本当に戦いが始まったら動けるのだろうか? 少し心配だが、信じてやる他あるまい。
それでも申し訳ないが、もし動けないようなら彼については見捨てる選択を取らせてもらうことにする。
覚悟はしていたが、こうして早々にフォルミードーに殺られる奴が出た以上、やはり激戦は避けられないだろう。……今後も何人かは重症者か死人が出るはずだ。
それに、前回俺はヤツの姿を見た。
ヤツは自分の姿を見た者を"獲物"と見なし、一人ずつ着実に狩るバケモノだ。
ならば何故ロイやクリスティナ、マヤやフォックスたちは襲われなかったのかという疑問は残るが……それについては、その時点ではまだ"恐怖"を抱いていなかった俺やハーラルドに"恐怖"を伝染させるために、敢えて放置していたのだろうと考えられる。
周囲を警戒しながらオルテガたちの帰りを待っていると、どこからともなく一陣の冷たい風が吹き抜け、それと同時に木の奥──茂みの向こうから声がした。
「ハァ、ハァ……。すまない、心配をかけてしまったな。今戻った」
その声は、ディオンのものだった。
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