第34話:「ギルド専門部隊の実力」

 森の入口に辿り着き、ファナシアたちから罠一式を受け取る。


「よし、それじゃあこの辺で通信魔道具の状況を確認しようか」

「了解だ」


 俺たちは一旦荷物を下に置き、耳に装着したイヤーカフ型の通信魔道具に手を添える。こいつの良いところは、大気中のエーテルに反応して動作してくれるので、俺みたいに使用者が一切魔力を持っていなくても発動してくれる点だ。


「ギルド本部、こちらセザール部隊。ディアロフト大森林に到着しました。チェック」

『セザール部隊、こちらイザベラだ。状況は把握した。各メンバーの通信状態も確認させてくれ』


 まずセザールがやり取りをし、問題ないのを確認したところで今度は俺たちの番だ。


「こちらセザール部隊、ディオン。チェック」

「こちらセザール部隊、イヴァル。チェック」

「こちらセザール部隊、オルテガ。チェック」

「えー、こちらセザール部隊、ランキルトっす。チェック」

「こちらヴァニ、討伐部隊の最後は俺だ。チェック」

『うむ、全員通信状態は良好だ。それでは作戦を開始してくれ。いいか、くれぐれも死ぬなよ』


 その言葉を合図に通信が切断され、森の静けさが戻ってくる。


「それでは皆さん、ご武運を」

「ああ、行ってくる」


 彼女たちの見送りを受け、俺たちはディアロフト大森林の内部へ。

 相も変わらず陰鬱な雰囲気の森の中を、ひたすらに歩いていく。


 今のところ寒気は感じない。つまり、奴は近場にはいないということだ。


「ひえー、しっかし広い森だなぁ。どこもかしこも木、木、木……これじゃ迷っちゃうって」

「私語を慎みたまえ、ランキルト。ここは既に敵地だぞ」


 ディオンに注意され、ランキルトは「へーい」と面白くなさそうな声音で応じる。


 それから暫くの間無言で歩み続けていたが、少し気になったことがあって俺は疑問を発した。


「結局、どこで出くわすか分からんのが問題だな。それこそ最悪、急に遭遇して罠を張る時間すら取れないかもしれん」

「冷気を目印に、ある程度の距離感は測れるんだろう? 余程のイレギュラーがなければ問題ないと思うが」

「進化してる可能性だって否めないぜ。俺が戦ったときは片言みたいな話し方だったが、その後にヤツと出くわしちまったハンターの話だと、そいつの仲間の声を完全に模倣してたみたいだからな」


 セザールの指摘に、俺は懸念していることを伝える。

 あの時と同じという確証は持てないんだ。今回は以前のような油断はしない。

 既に見知った仲となったこいつらのことも、極力は死なせたくない。


 幸いなことにマヤが付けてくれたマーキングはまだ残っている。

 

 もっとも、木に簡易的な傷を残しただけのものだから、知っている奴にしか伝わらないものだろうが……。

 この分だと、以前ベルセルクたちと交戦した場所まではもう少しといったところか。

 

 相変わらず、魔物の気配はどこからもしない。

 これを放っておけばこの大森林のパワーバランスが乱れ、この森周辺の環境も大きく変わってしまうことだろう。


 そしてそれを暗示するように、


「……待ってくれ。何か聞こえないか?」


 オルテガが手を挙げて制止し、全員に注意を促す。

 確かに何か聞こえるな。ぼそぼそと語る人の声のような……しかし、人間の言語ではない何かが。


 声の方に注視すると、身長二メートル程度の魔物が森の木に何やら細工をしていた。


「ウェンディゴか」


 俺はその存在を認識し、名を呟く。


 ウェンディゴ。

 鹿の角のようなものが生えた頭部を持つ人型の魔物で、その性質は執拗で狡猾。

 じわじわと相手を追い詰め、そして確実に殺す賢い魔物だ。


 強さのほどとしてはベルセルク同程度かそれ以上であり、かなり強い。

 やはりいずれにしても、このような浅い場所に存在する魔物ではない。


「どうする? まだこちらには気付いていないようだが、やり過ごすか?」

「んにゃ、俺が行こう。丁度ウォーミングアップしたいところだったしな」

「ひゅー、さっすがイヴァル。やる気が違うねぇ。俺たちも手伝おっか?」

「悪いけど今回は一人でやらせてくれや。ちこっと腕が鈍っちまってな」


 セザールの相談を受け、イヴァルがウェンディゴの討伐に立候補した。

 ギルド直属の専門部隊といえば、それぞれの強さが並のハンターとは比べ物にもならない精鋭ぞろいというのは有名な話だ。ここはお手並み拝見といかせてもらおうか。


 イヴァルは担いでいたグレイヴを取り出して構え、ウェンディゴに向かって忍び寄る。

 

 一方のウェンディゴはといえば、未だ何かをブツブツと呟きながら、木に呪文のようなものを書いている。あれはウェンディゴにとってのマーキングのようなものだ。

 書かれた呪文にはウェンディゴの魔力が込められ、ヤツはそれを感知して自分の縄張りの状況を把握しているのだ。


 イヴァルが気付かれていないところを見るに、まだこの辺りを縄張りと定め始めたばかりなのだろう。


「よっ!」


 己の得物のリーチ内まで接近したイヴァルが、グレイヴの穂先をウェンディゴの背中に向かって突き立てる。

 だがその直前でウェンディゴがイヴァルの方を振り向き、姿を消した。

 いや、正確には姿を消したのではなく、ワープしたのだ。

 

 魔物の中には魔法を使えるものも存在する。

 人間が使用する魔法とは体系が異なるが、恐らくあれはよく情報で聞く"影を移動するタイプ"の魔法だろう。

 常に樹木の影で満ちているこの森は、ヤツにとって絶好の戦闘環境ホームグラウンドというわけだ。

 

 一瞬にしてイヴァルの背後に転移したウェンディゴは、先程イヴァルがそうしようとしたように、鋭い爪でイヴァルを背後から串刺しにしようとする。

 

 が、イヴァルは振り向きながらこれをグレイヴの柄で弾いて防御。

 そのまま石突でウェンディゴの頭部に殴打を試みる。


 これに対してウェンディゴは再びワープをして回避。

 互いに攻防入り乱れる激しい戦闘が繰り広げられる。


「随分ハイレベルな戦いだが、拮抗状態だ。援護した方がいいんじゃないか?」


 俺がそう問うと、ディオンたちがそれを否定する。


「いや、あの程度なら問題はない。もうじき決着が付くだろう」

「イヴァルは普通に強いからねぇ。多分、あれちょっと遊んでるよ」


 イヴァルと共に長く戦ってきた彼らが言うならそうなんだろう。

 大人しく様子を見ていると、その言葉通り戦況が一変した。


「せいやッ!」


 裂帛の掛け声と共に勢いよく振り払われたグレイヴは、やはりワープによって回避されてしまう。

 しかしイヴァルはそのワープ先を読んでいたかのように素早くグレイヴを振り返し、石突でウェンディゴの胴体を突く。


「■■■■……!?」


 ウェンディゴは何やら驚愕の声を上げながら再びワープして──胴体を刃先で貫かれた。

 あの様子を見る限り、イヴァルは完全にウェンディゴのワープ先を読んだようだ。


 どんどんダメージを受けながら焦りを見せていくウェンディゴは、遂に集中力と理性を切らして無謀にも爪を振りかざす。

 そんな隙だらけの攻撃をイヴァルが見過ごすはずもなく、柄で爪を弾いた直後にグレイヴの刃先でウェンディゴの喉を切り裂いた。


「────」


 ウェンディゴは喉元を抑えながら悶え苦しみ、そしてゆっくりと斃れた。


 それを見届けたイヴァルはグレイヴを再び背中に担ぎ直し、こちらに戻って来る。


「ふぅ、本番前のいい運動になったよ」


 その声音には疲労の様子など一切なく、まるで全てただの模擬演習だったかのような余裕を見せている。

 

 俺が相手したベルセルクは手負いだったから楽に倒せたが、イヴァルが今しがた倒したウェンディゴは怪我一つない健康な状態だった。

 それを難なく倒すということは、イヴァルはかなりの強者であることは間違いない。


「驚いた、ギルドの専門部隊ってのは本当に強いんだな。正直甘く見てたぜ」

「これくらいできなきゃ、ただのハンターやってろって話だからなぁ。俺たちだって、それなりに日々鍛錬してるんだぜ?」

「他の奴らも皆、あんたくらい強いのか?」


 戦闘の様子を見ていた俺がイヴァルに感心してそう声を掛けると、他の奴らが反応する。


「ああ、あれくらいなら朝飯前だな」

「余裕余裕! ま、俺ならもうちょいスマートにやるけどね」

「セザールはもっと強い。恐らく、我々の中でもトップクラスだろう」


 各々が自己評価を語った上でディオンに褒められたセザールは、照れくさそうに頭を掻く。


「よしてくれよ、自分だってお前たちと大差ないさ。それに、仲間同士で優劣を付けるのはあまり好きじゃないな」


 彼らの強さをイヴァル基準で見るなら、彼らは全員少なくとも白金級か、それに限りなく近い金級ほどの実力の持ち主だろう。なんとも頼もしい限りだ。

 この様子ならフォルミードーの討伐も多少楽になるかもしれないと思いかけたが、前回俺はそういった油断のせいで多くの失敗をした。

 

 やはり気を引き締めなければいけないな。


「それにしても、やはり森のバランスが崩れ始めているな。ウェンディゴと早々に出会うなど……やはり、フォルミードーのせいで魔物たち本来の生息域が乱されているようだ」

「ああ、俺も同じことをついさっき考えてたばっかりだ」

「うかうかしてはいられないな。早くフォルミードーの現在地を突き止めよう」


 セザールたちと頷き合って森の奥地を目指そうとしたその時、


「カァァッ! カァァァッ!!」


 かなり離れた距離ではあるが、森の奥の方でカラスたちが飛び立つ声が聞こえた。

 高い樹木のせいでどの辺りで飛んだのかは見えないが、方角くらいは分かる。

 そしてこの状況……前回【白翼の鷲】とこの森を訪れた時と状況が似ている。


 やはり、あの時も俺たちは誘われていたのだろうか?


「今の様子的に、フォルミードーがあっちの方向にいるとかどうよ?」

「一羽二羽どころの騒ぎじゃなかったからな。十分にありえる」

「うひゃー、遂にご対面か? 俺、ちょっと緊張して震えてきたかも」

「気にするな、武者震いだろ」

「会話している内に移動してしまうかもしれない。急いだ方がいいだろう」


 俺の不安を他所に、セザールたちは前向きな話し合いをしている。

 それはそれとして、一度イザベラに報告は入れるべきか。


 俺は耳に手を当て、通信魔道具を使ってギルドで待機しているイザベラに連絡した。


「こちらヴァニだ。恐らくフォルミードーのいる位置が分かった。これから向かう」

『こちらイザベラ。了解だ。警戒は怠るなよ』


 無論そうするさ。

 

 通信を終え、俺たちはカラスたちが飛び立った方向へと進んでいく。

 最後の決戦の時は近い。

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