第28話:「謎の情報屋」

 仲間の声を模倣したバケモノによって、目の前で仲間が惨殺された。


 セオドアはその時の光景を鮮明に思い出したのだろう。

 顔を青くしながら、残った左腕で体を抱えてガタガタと震え出す。


「あいつは……ずっとゲラゲラと嗤ってたんだ。まるで新しい玩具を買い与えられた、生後数か月の子供みたいに。エイリークが四肢をもがれて絶叫してる間も、ずっと、ずっと、ずっと……うぁぁぁあああ!」


 遂には恐怖に呑まれて、横向きに丸まりながら絶叫する。

 そんなセオドアにノエルは意を決した様子で近寄っていき、その肩に優しく手を置く。


「本当に……本当にお辛い思いをされたんですね。ですが、気をしっかり持ってください。これ以上同じような犠牲者を出さないために、セオドアさんのお話が大事なんです」


 諭すような穏やかな声音に、セオドアの震えは徐々に収まっていった。

 俺にはできない芸当だ。適当な慰めの言葉はかけてやれるが、彼女ほど相手に寄り添ってやるように声をかけてやることなどできる気がしない。


「あ、ああ……悪い。エイリークが殺されているのを見て、それで……それで俺はわき目も振らずに逃げ出したんだ。最低なことをしたのは分かってる。でも、無理だったんだ。分かってくれ……。あんなバケモノに目を付けられた以上、残って抵抗したところで……」

「いや、お前の判断は間違ってない。無理に仲間を助けようとして、それで殺られちまったらそれこそ元も子もないんだ。……俺の親友もそうだった」

「まさか、あんたも"ヤツ"に出くわしたのか……?」

「ああ。だが戦ったのは俺だけだ。けど、そこに俺の親友が来て……あいつは犠牲になった。幸い、あいつはまだ死んでない。未だに意識は戻ってないし、今後ハンターとして再びやっていけるかも怪しい段階だがな……」


 俺がそう語ると、セオドアはうつむいて黙り込んでしまった。

 周囲の野次馬たちもそうだ。俺たちがどれだけ深刻な話をしているかを理解してしまった以上、野暮なことを言える奴は一人も存在しない。


「それで、最後に一つだけ聞かせてくれ。お前の腕と体の怪我は、"ヤツ"に付けられたものか?」


 俺がそう問うと、セオドアは困惑した表情で語る。


「わ、分からない。あの時は俺も無我夢中だったから、どこでこんな怪我を負ったのかよく覚えてないんだ。痛みもまるで感じなかった。……ただ、どう考えても"ヤツ"にやられたとしか思えない。エイリークを殺した後、いつの間に追ってきたのかは分からないし、どうして俺だけ殺されなかったのかは不明だが……」


 セオドアの証言を聞いて、俺の中でまた一つ確信が生まれた。

 ヤツは絶対に一人だけは残すんだ。あるいは一匹だけは。

 そしてヤツの狙いが"恐怖"であるとするなら、その狙いは──情報を広めさせてより"恐怖"を増やすこと。


「……そうか、だいたい分かった。辛い目に遭った上、今も辛い状況なのに悪かったな。同じく大事な人間を害された身として、あの野郎にはきっちり報いを受けてもらうから安心してくれ」

「構わないさ……。仇については──いや、あんたも無理はしないでくれ。あんな存在、勝てっこないだろう……。それからそこの魔法師のお嬢ちゃんも、ありがとう」

「いえ。とても恐ろしく、悲しい体験をしてしまったと思いますが、セオドアさんはまだ生きています。仲間の方だけでなく、セオドアさんご自身のためにも、少しでも早く苦しみが和らぐ日が来るよう祈っていますね。それから、失ってしまった腕を取り戻すことはできないでしょうけど……早めに医療施設に行って、怪我の回復に努めてください」

 

 ノエルの言葉にセオドアが弱々しく頷いた直後、彼は遅れてやってきたギルドの救護班に担架に乗せられ、ギルド奥の医療救護室に連れていかれた。

 

 俺の今の顔は……相当に難しい顔つきをしていることだろう。

 

 イザベラに今すぐ報告するべきか、それともどうせ近い内に呼ばれるだろうから待機しているべきか。

 あるいは──やはり彼女の指示を無視して"ヤツ"を殺しに行くか。


「ヴァニさん、大丈夫ですか?」


 そんな俺の表情を見てか、ノエルが心配そうな様子で声をかけてきた。


「ああ、悪い。少し考え事をしててな。それにしても、結局こうなったか。……ノエル、さっきの話で分かったと思うが、今あの森にはヤバい存在がいる。くれぐれも近付くなよ」

「分かりました。なるべくそこから遠い場所の依頼を受けるようにします」


 頷くノエルを見て、俺は今後の動き方を一度考え直すことにした。

 

 先程のハンター……セオドアは、傷の状態こそ酷いがノエルの魔法のおかげで意識は明瞭としていた。ならば、彼からの証言を通して近い内イザベラの耳にも入るはずだ。

 

 なら今日のところは俺はこれで退散して、あのバケモノとの決戦に備えることにしよう。


 俺はそう決めるとギルドを後にしようとして……その前に、ふと思ったことをノエルに伝えようとする。


「なぁ、ノエル」

「はい、どうしました?」

「こうして知り合ったのも何かの縁だ。もし困ってることがあったら──」


 だが、そこまで言いかけて、俺は心臓の鼓動が激しく脈打つのを感じた。


 頭に浮かんだのは、フォックスがバケモノに襲われた瞬間のこと、過去に守れなかった奴らのこと、それから──"あの子"の笑顔。


 ここでもし、ノエルと縁を結ぶことになれば……また、俺は失う可能性があるのか? また、俺のせいで誰かを失うことになるのか……?

 

 俺は唐突なフラッシュバックにより強い動悸と眩暈を覚え、その場に膝を突いてしまう。

 呼吸が酷く浅いものになり、胃の辺りに重い苦しみを感じる。


「ヴァニさん!? ちょ、ちょっと! どうしたんですかっ!?」


 そんな様子の俺の様子を見てノエルが駆け寄ってきてくれるが、今の俺にまともな返事をする余裕はない。


「……フゥ……フゥ。……悪い。大丈夫だから、気にしないでくれ」

「どこも大丈夫に見えませんよ! まさか、どこか具合でも悪いんじゃ?」

「本当に大丈夫だから……すまんな、忘れてくれ。とにかく、ハンターとして成功することを祈ってるよ」


 俺は無理矢理に会話を切り上げると、よろよろとした足取りでギルドから出た。


 やはり、これ以上俺に誰かと交友関係を結ぶのは難しいらしい。

 過去のトラウマに縛られ、二度と前を向くことなどできないのだろう。

 

 ……だが、それでいいんだ。

 俺に幸せになる資格などない・・・・・・・・・・・のだから。

 そして、他者を幸せにすることなどできない・・・・・・・・・・・・・・・・のだから。


 だからそのためにも、早くこの忌々しい"祝福呪い"を──


「旦那」


 喧騒を避け、人通りの少ない路地を歩いていたときのことだった。

 不意に、物陰から誰かに呼び止められる。


 そちらを見ると、いかにもといった怪しい風貌の男が立っていた。

 暗い紫色の髪を片側に伸ばし、黒い道士服を着た中性的な顔立ちの男だ。


「……誰だ」

「これは失礼。そう警戒しないでください、白金級ハンターのヴァニさん」


 男は爽やかな声で悠雅に一礼すると、その糸目を更にスッと細めてにこやかに微笑む。


 こちらの情報を知っているということは、物乞いやゆすりの類ではなさそうだ。

 いや、着ている服からして上等なものだからそれは愚問か。

 では暗殺者や裏社会に関係する人間かと思えば、どうもそういう風にも見えない。

 

やつがれはアルティエスと申します。情報屋をやらせていただいておりまして。一部では、名前をもじって"アルヴィース"などとも呼ばれていますがね」

「で、その情報屋が俺に何の用だ。悪いが今、俺は気分が悪くてな」

「まあまあ、そう仰らずに。本日は旦那に、とある情報を仕入れてきたのです。きっとお気に召すと思いますよ?」


 アルティエスは睨みつけられていることなどお構いなしに道士服の懐からがさごそと何かの封筒を取り出すと、それを俺に手渡してくる。


「ここ数日、界隈を大きく騒がせているディアロフト大森林の怪異。それについての情報でございます」

「何?」

「ふむ……『何故お前がそんなことを知っているのか』という顔をされていらっしゃる。ええ、その疑問は至極当然のことでございます。残念ながら、情報の入手源はお答えできかねますね。ですが、何せ私は"アルヴィース全てを知る者"ですので。ひとまずはこれでご納得いただけますでしょうか?」


 アルティエスの発言はいちいち演技っぽく、また嘘くさいが、もしその情報が本物だった場合この問題の解決に向けて大きく前進できる。

 アルティエスの話の真偽に頭を悩ませていると、奴はにっこりと笑った。


「旦那。お気持ちはよく理解できますが、今回僕がこのようにして接触させていただいたのは、偏に純然たる善意でございますよ。ここはどうかひとつ、僕を信じて協力させてはいただけませんか?」

「……いいだろう。だが、一つだけ訊かせてくれ」

「ええ、なんなりと」


 俺はアルティエスの顔を正面からまっすぐ見つめる。


「何故色んな奴がいる中で、俺に接触しようと思った? その狙いを知りたい」


 アルティエスはフッと短く微笑み、薄く目を開く。

 金色の双眸がこちらを捉えた。


「僕はただの善良なる一市民ですが、旦那の真の目的・・・・は存じております。今回は、そのためのささやかな協力をさせていただこうと思ったまでですよ」

「俺の真の目的だと? お前、どこまで知ってる?」

「おっと、失礼。お答えせよと言われた質問は一つだけですので、これ以上の回答をお求めになられるのならば、それなりのお代を頂戴しませんと。ま、それはとりあえず……です。今回はお近づきの印ということで、そちらの書類は無料タダにて提供させていただきますよ。お気に召していただけましたら、今後ともどうぞ御贔屓に」


 そう言って、アルティエスは手をひらひらと振りながら路地の奥に消えていこうとする。


──が、その直前に一度だけこちらを振り返り、


「あ、そうそう。サービスついでにもう一つだけ」

「……聞かせてもらおうか」

「近年……いえ、最近になって、どうにも妙な集団がコソコソと動き出しているらしいですよ。──くれぐれもお気を付けて」


 そう言い残して、今度こそアルティエスはどこかへと姿を消した。

 正直、奴には怪しさしか感じないが……手渡された封筒の中に今回の事件のヒントが記されているというのなら、今はこれに頼る以外に手段はないだろう。

 

 俺は釈然としない気持ちを抱えながら、帰路に就いた。

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