第27話:「現れてしまった犠牲者」

「ご馳走様でした、ヴァニさん。本当にありがとうございました」

「いいさ、俺も良い時間が過ごせたしな。こちらこそありがとな」


 あれから落ち着きを取り戻したノエルと少し話をして、店の外に出るといい時間になっていた。

 時刻はちょうど夕刻手前。何をするにも中途半端な時間だが……休日だしこんな日があってもいいだろう。


「で、ノエルはこれからどうするんだ?」

「そうですね……とりあえずはギルドに行って、何か私一人でもできそうな依頼を探そうと思います。今日これから依頼というのは流石に難しいので、参考になる依頼が残っているかも分かりませんが下調べをしようかなと」

「そっか、応援してるぜ」

「はいっ! 何から何まで、本当に感謝しています。このご恩は必ずお返ししますね」


 互いに挨拶してノエルと別れようとした瞬間。

 広場の方が何やら騒がしいことに気付く。


 住民たちがざわざわと話し合い、その顔を時折ハンターギルドの方に向けていた。


「おい、聞いたか? 例のハンター、ひでぇ重症だってよ。死人も何人か出たみたいだぜ」

「恐ろしいね……しかも行ったのはあの逢魔の森なんだろ? ひー、おっかねぇおっかねぇ」


 彼らの話の中に『ディアロフト大森林』という言葉を聞いた俺は、嫌な予感を覚えてそちらの方へ向かっていく。


「なぁ、悪い。何があったかもう少し詳しく聞かせてくれないか?」


 男は一瞬『誰だこいつ』というようなきょとんとした表情を浮かべたものの、話し足りなかったのか頷いて説明を始める。


「あ、ああ。俺も詳しいことまでは知らないんだがよ、とんでもない大怪我を負ったハンターがさっき街に駆け込んできたらしいんだわ。『森の悪魔がー』とか、『ディアロフト大森林には近付くなー』とか、ずっと一人で叫んでたらしいぜ? ほら、あそこに血の痕」


 住民の男が指差した方向の地面には、確かに血痕が点々と残されている。


「なるほど、そりゃ重大な事件だな。で、この周りの雰囲気的にそいつは今ギルドにいるのか?」

「さあな、そこまでは悪いが俺も知らん。でもそんな大怪我なんじゃ、今頃医院の方にでも行ってるんじゃないか?」

「いや、一目散にギルドに行ったって聞いたぜ」


 黙って話を聞いていたもう一人の男が、そう証言した。

 血の痕を追えば確実だが、それも兼ねてひとまずはギルドに向かってみるか。


「分かった、教えてくれて感謝する」

「いやいや、いいってことよ」

「あんたもハンターだろ? 気をつけろよ」


 早くも犠牲者が出始めたか……。

 イザベラ、思ってたよりも更に事態はヤバいのかもしれないぜ。


「……あの、ヴァニさん?」


 後をついてきて先程のやり取りを聞いていたノエルが心配そうに声をかけてくる。


「心配ないさ、気にすんな。ただ念のため、今後何か依頼を受けるにしても近場にしといたほうがいいと思うぞ」

「何か問題が起きてるんですか……?」


 その問いに、俺は無言で首肯する。

 

 道中で詳しく説明してやってもいいんだが、結局彼女もギルドに行くつもりのようだし、どうせそこで聞くことになるだろうからな。 


「休日は返上、か……」




◇◆◇




 それから少し早足でハンターギルドに到着して中に入ると、ギルドは阿鼻叫喚の大騒ぎになっていた。


「おい! 救護班の到着はまだか!?」

「今呼んでるよ!」

「なんだってんだ……」

「やっぱり"逢魔の森"の異名は間違いじゃなかったんだ……」


 口々に騒ぐ野次馬ハンターたちを押しのけ、その渦中にいる人物に近寄っていく。


「酷い……」


 ノエルはそのハンターの様子を見て口元を覆った。


 ハンターは右腕を肘の辺りから欠損して、脇腹に穴の開いた状態で倒れていた。

 更にパニックで転んで切ったのか知らないが、頭部からもだらだらと血が流れている状態だ。

 怪我による出血のせいか、半ば焦点の合わない目でぼんやりと天井を見つめながら何事かをぶつぶつと呟いている。


「悪魔……あれは、魔物じゃない……誰にも、勝てない……」

「おい、しっかりしろ。何があったんだ? あそこで何を見た?」

「ああ……うあ……」


 その口元に顔を近付けて問いかけるも、ハンターは意識が朦朧としているのか意思疎通が図れそうにない。どうしたものか……。


「……≪慈癒水サナレア≫」


 そのとき、ノエルが杖の先をハンターに向けて魔法を唱えた。

 途端、ハンターの全身を薄い水のような膜が覆い、とめどない流血が徐々に止まっていく。


「う……?」


 顔まで水に包まれているというのに男に苦しそうな様子はなく、それどころか全身を包んでいた水が男の身体の中に吸収されていくと同時、軽微だが穏やかな表情に変わった。


「粗末ですが、簡単な治癒と痛みを和らげる効果のある魔法を使いました。傷は治りませんが、これ以上悪い状態にはならないはずです」

「凄いな……そんな魔法もあるのか」


 俺はノエルの使った魔法に素直に感心する。

 これでロクに魔法が使えない落ちこぼれだと?


 まさか、そんなことありえないだろう。


「ああ、あんた……ありがとうな」

「……いえ、苦しんでいる人を助けるのは当たり前のことですから」


 ハンターに礼を言われたノエルは、優しい表情で微笑んだ。


「それで、改めて聞くが。……あの森で何があったんだ? それから、お前の名前は?」


 落ち着いたハンターに事情を尋ねると、ノエルの魔法のおかげか、男は落ち着きを取り戻した様子で当時のことを語り始めた。


「……俺はセオドアだ。それで、あそこで何があったか……だったよな。俺たちは依頼を受けてあの森に向かったんだ。……そう、ディアロフト大森林にな。危険な森だということは知っていたが、所詮、討伐対象はマッドスタッグだったんだ。正直、楽な依頼だと思ってた」


 マッドスタッグというのはその名の通り、凶暴な鹿型の魔物だ。

 とにかく好戦的で、外敵を見つけたら見境なく突進してくる。

 それでも弓などの遠距離攻撃手段があれば接近される前に弱らせられるし、ディアロフト大森林で出遭う魔物としては弱い部類に入る。


「だが森に入っても、マッドスタッグどころか魔物一匹姿が見当たらなかったんだ。今になって思えば……油断しすぎていたんだろうな。俺たちは五人パーティだったんだが、まず《狙撃手スナイパー》のロッシュが姿を消した。……声も音も聞こえなかったよ。あいつはすぐ近くにいたのに、いなくなったことに気付いて辺りを見渡しても、奴はどこにも見当たらなかった」


 セオドアは体を震わせながら、話を続ける。


「それから、《斥候スカウト》のハーマーがロッシュを探しに行った。だが、いくら待ってもハーマーは戻ってこなかった。後に残された俺たちは、このときになって初めて警戒し始めたんだ。慎重に陣形を組んでハーマーの向かった方に進んで……そこであいつの死体を見つけた」

「助からなかったんですね……」


 セオドアは頷き、目を上に向ける。

 それはまるで、その時見た光景を回視しているように。


「奴は……ハーマーは木の上に仰向けにぶら下がっていたよ。はらわたは抉り出されていて、眼球は無かった。"何か"に抉り出されたというよりは、その"何か"を見ないように自分で潰したみたいな感じだった。奴の死体から血がぽたぽたと垂れ落ちる音だけが、嫌に耳にこびりついて離れなくて……俺たちはしばらく固まってた」


 話を聞いただけで、その場の情景がありありと目に浮かぶ。

 ノエルもその様子を想像してしまったのか、言葉を失って青ざめていた。


「少しして……我に返った俺たちは、せめてハーマーの遺体を地面に降ろしてやろうと思ったんだ。でもそこで……今度は《進撃アサルト》のラースが消えた。信じられるか? あいつは俺たちのパーティで最も腕の立つ男で、そんな奴が話している途中でどこかにいなくなったんだ。『何かがヤバい。ハーマーとロッシュのことは残念だが、遺体を降ろし──』……それが奴の最期の言葉だった」


 ロッシュのときと同じだったよ、とセオドアは語る。

 真後ろにいたのに、一切の音もなくどこかに消えてしまったのだと。


「直後、俺たちの頭上からラースの絶叫が聞こえた。それからあいつの血やら内臓がシャワーみたいに木の上から流れて落ちてきて、そのすぐ後にラースの上半身だけが落ちてきたよ」


 これで残りは生死不明のロッシュと、現場にいたセオドアともう一人だけというわけだ。


「結局、その場に残されたのは《守手ガード》のエイリークと《支援者サポート》の俺だけ。得体の知れない"何か"がどこかに潜んで俺たちを狙ってる以上、ただでさえ危険なディアロフト大森林で二人だけじゃまともに生き残ることはできない。俺たちは死んじまった仲間たちやいなくなったロッシュ、それから依頼のことは諦めて、森から逃げようとした。けど、そのときだった」


 そこで、セオドアは一瞬閉口する。


「"声"がな……聞こえたんだよ」

「"声"……?」

「ああ。それは紛れもなく、ロッシュの声だった。奴は木々の向こう、茂みの奥で苦しそうにこう言ったんだ。『頼む、助けてくれ』ってな。……なぁ、仲間のそんな声を聞いて助けに行かない奴なんていると思うか? 少なくとも、俺たちには無理だった」


 ……嫌な予感がする。この予想が的中しているとしたら、ヤツは最悪の方向で進化しているのだろう。


「俺たちはその声を頼りに、必死にロッシュの声がする方に向かって進んだ。だが、どれだけ必死に呼びかけてもロッシュは『助けてくれ』としか言わない。何だか変な感じがしたが、酷い怪我を負ってまともな受け答えができないだけかもと思ってたんだ。そして俺たちはとうとうロッシュの声がする元に辿り着いた。……そこで見たものは、何だと思う?」

「まさか……」


 俺はこの後の展開に半ば確信を抱きつつ、しかし事情を知らないノエルは不安そうに呟いて話の続きを待っている。


「そこにいたのは、ロッシュなんかじゃなかった。もっとバカデカい──人間の女の顔をしたバケモノだったよ。そいつは耳まで裂けているんじゃないかと思うほどの大口を開けて笑って、それで……目にも止まらない速度で俺たちの目の前まで来ると、エイリークの体をバラバラに引き裂いたんだ」


 やっぱりそうだったか。

 ヤツはいつの間にか、人間の言葉をほぼ完璧に真似できるようになってやがったんだ。

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