第26話:「落ちこぼれの魔法師」
ノエルを伴って入ったレストラン"ヨートゥン"は、昼時のピークから少し過ぎたということもあって比較的落ち着いていた。
その一角、少し静かな窓際の席に、俺とノエルは座っている。
「お待たせしました! こちら【店主の気まぐれ日替わりランチ】二人前になりまーす!」
そう言って女性店員が運んできた皿が、ドンとテーブルの上に置かれる。
出来たての料理は湯気を放っており、食欲をそそる匂いが立ち込めていた。
「ありがとさん」
「ありがとうございます」
「追加のご注文があればいつでもお呼び付けくださいね! それでは、ごゆっくりどうぞー!」
女性店員が立ち去った後にノエルの方をチラリと見ると、彼女は目を輝かせてテーブルの上に鎮座した料理のプレートを見つめていた。
「ほわぁ……! す、凄い。これが帝都の料理……!」
年齢の割には大人びた少女という印象だったが、湯気を放つ肉料理を前に目を輝かせるノエルは年相応な感じがして、初めて彼女の素を見れた気がした俺は自然と笑みが零れる。
「それじゃ、食おうぜ」
「はい!」
二人で向き合って手を合わせる。
この国に食前の祈りの言葉のようなものは存在しない。
ただ心の中で、生命への感謝を想うだけだ。
一瞬の沈黙のあと、フォークとナイフを手に取って皿のド真ん中に鎮座する鳥の丸焼きを切り分けていく。
こいつは”ロックァ”という、大陸北部に生息する大きな鳥だ。
厳しい寒さに耐えるために脂肪が多く、その肉は旨味が濃縮されていて食べ応えがあり、少しお高いが帝国では特に人気のある鳥だ。
案の定、少しナイフを入れただけでジュワッと肉汁が溢れてきた。
まずはそのまま一口。
既に塩と胡椒が満遍なく振りかけられ、ハーブで丁寧に香りづけされたそれは、口の中に入った瞬間に暴力的な肉の旨味と香ばしい風味のハーモニーを奏でて暴れまわる。
……こりゃ酒が欲しくなるな。
「~~~ッ!」
見よう見まねで俺と同じようにロックァの肉を口に運んだノエルは、感激したように頬に手を当てて舌鼓を打っていた。
その笑顔は純粋に心から出た幸せなもので、先程垣間見えたような陰りはどこにもない。
「美味いか?」
「はい、とっても美味しいです! こんなに美味しい料理……久しぶりに食べたかもしれません。これだけで、帝都に来てよかったなって少し思ってるくらいです!」
「ははっ、そうか。なら好きなだけ食うといい。そうだ、えーと……ノエル、さん? って酒は呑むか? ハンターをやってるってことは、成人はしてるだろ?」
「ふふっ、ノエルで大丈夫ですよ。お酒は……そうですね、実は呑んだことがないんです。もちろん成人はしてるんですけど、ちょっと色々あって。ああっ! でも、全然お気になさらずに呑んでくださって大丈夫ですからね!」
「そっか、んじゃ遠慮なく。おーい店員さん! エール一杯頼むわ!」
この世界で成人は十五からだ。
それまでは酒や煙草なんかの嗜好品は勿論、ハンターになることもできない。
だから一応の意味での確認のつもりだったんだが……。
ここで変に気を遣って酒を頼まなかったら、逆に申し訳なく思わせてしまうかもしれない。そう思って、あえて普通に酒を注文する。
しかし見立て通りと言うかなんというか……複雑な事情のありそうな子だ。
色々話したいこと、聞きたいことはあるが、まずは美味しく食事を頂くとするか。
メシと酒は美味いモンに限る、だ。
「この肉、付け合わせのサラダあるだろ? これに巻いても滅茶苦茶美味いぜ。よかったらやってみな」
「そうなんですか。ではでは早速──っ! んん~!」
「お気に召したみたいだな」
何個か食べ方を教えてやると、その度に幸せそうな顔をするノエル。
中にはハンター流──なんて言うほど大層なモンじゃなく、ちょっとガサツな人間が好んでやるような食い方もあったんだが、それでもノエルは進んで真似して美味そうに食べる。
何故だかノエルがやるとまったく粗野に見えないんだけどな。
同じ食べ方の筈なんだが……育ちがいいんだろうか。
そうして食事を楽しむことしばらく。
それなりの大きさだったロックァの丸焼きは骨だけを残して綺麗さっぱり姿を消していた。
ロックァの丸焼きだけでなく、サラダやパン、スープに至るまで少しの残りもなく、だ。
別に俺は普通に平らげられる量だが、まさかノエルも同じ量を完食するとは正直思ってなかった。
そんな彼女は現在、食後のデザートとしてチェリーの乗ったタルトを食べている。
「甘くてサクサク……これ、もし毎日食べられるとしたら私、確実に駄目な人間になる自信があります」
「分かるぜ。確かにスイーツってのは俺たち庶民には貴重な分、他にない魅力がぎっしりつまってるよな。まぁ、貴族のご令嬢なんかはそれこそ毎日食ってるんだろうけどよ。それこそ一流のシェフが作ったやつをさ」
「あはは、確かにそうかもしれませんね。ちょっと羨ましいです」
良い感じに腹も膨れて、まったりとした時間が流れる。
……そろそろ話を切り出してもいい頃合いか。
そう思った俺が、軽くエールで口を湿らせてから話そうとした時だった。
「ヴァニさん。先程もお伝えしましたが、改めて先日は庇ってくださって本当にありがとうございました。それと……ごめんなさい」
「……なんで謝るんだ?」
「私のせいで、ご迷惑をおかけしてしまいましたから……」
ノエルはそう言って、タルトを食べる手を止めて申し訳なさそうに頭を下げる。
まさか先にノエルが話し始めるとは思わなかったが、それはそれでいいだろう。
「お前さんが謝る必要はこれっぽっちもない。それに、さっきも言ったがあれは俺が勝手にしたことだ。ノエルに対しては迷惑なんて微塵も思っちゃいないさ。それより、あの後は大丈夫だったのか? その……無事に話はまとまったか?」
「はい。職員の方が間に入ってくださったおかげで、きちんと話し合えたと思います。結果としては残念ながら、当初の話通り私はパーティ脱退という形になってしまいましたが」
「そうか……。そうだな。けど何だかんだいって、俺としてはそっちの方が正解だと思うぜ。あんな奴らと一緒にやってくのは色々しんどいだろ」
「……そう、なのかもしれませんが」
俺はひとつ、気になっていることを聞いてみることにした。
「聞いてもいいか? どうしてノエルは、ああまでしてあのパーティにこだわったんだ?」
「……私一人では、ほとんど何もできませんから。だからこそ、私みたいな人間に声をかけてくれたことが嬉しかったんです。こんな私でも、必要としてくれる人たちがいるんだなって思えたので」
「………………」
「私、帝都に来るまでは魔法学院に通ってたんです。でも、他の同級生はもちろん、先輩方は本当にみんな優秀で。そんな中で私だけが、魔法の才能がなかったんです。周りからは『落ちこぼれ』って呼ばれてました。それでも何とかみんなに追い付けるように頑張ったんですけど、やっぱりどう頑張っても結果が残せなくて。それで……退学処分になっちゃいました。えへへ」
「……で、行く当てがなくなってハンターになろうと?」
「そんなところです。色々あって、元の街にはいられなくなってしまったので。それに……やっぱり私は魔法を頑張りたかったから」
そう言って、ノエルは少し寂しそうに笑う。
過去のことを一から十まで知ることはできない。
それでも、どれだけ辛い思いをしてきたかは大体表情で分かる。
けど、俺のような人間にはどうしても分からないことがあった。
「どうして、そんな思いをしてまで魔法師を続けようと思う?」
そんなに辛いならやめてしまえばいい。逃げてしまえばいい。
絶望に蓋をして見ないふりをすれば、苦しまなくて済むのだから。
そんな俺の問いに顔を上げたノエルの目は相変わらず寂しそうで、しかし強い決意と信念に満ちていた。
「約束、したからです」
「約束?」
ノエルは頷くと、語り始める。
「小さい頃に、父と母と。二人とも凄い魔法師でした。それでいて誰にでも優しくて、みんなに愛されていました。そんな両親が私の憧れで、だから約束したんです。将来、私もきっと二人のように立派な魔法師になるんだって。それで、困ってる人の力になりたいって。二人とも、もうこの世にはいませんけど……いいえ、だからこそ、私は諦めたくないんです。それが、私とあの人たちを繋いでくれる最後のものだから」
俺はその話を聞いて、黙り込む他なかった。
そんな俺の沈黙を勘違いしたのか、ノエルは慌てて困ったように笑う。
「なんて、ごめんなさい! こんな話、まだ知り合ったばかりなのに重すぎますよね! あはは……ほんと、私何してるんだろう」
「いや、そんなことはないさ。むしろ凄い奴だなって思ったよ。どれだけ辛い目に遭おうが、どれだけ色んな奴に否定されようが、それでも自分の夢に向かって突き進もうと頑張る奴ってのはさ……俺には、そんな生き方はできなかった」
「……ヴァニさん?」
「ああ、ノエルは頑張ってるんだろうさ。それこそ、知り合ったばかりの奴に言われてもと思うかもしれないが、少なくともこうして話を聞いて俺が抱いた気持ちに偽りはない。親の背中に憧れて、親の志を継いで、それで必死に頑張ってるノエルは尊敬に値する人間だ。落ちこぼれがなんだ、そんなのは所詮"持ってる側"の奴の戯言だ。絶望を知らない奴の妄言だ。そんな連中に、苦しみながらも懸命に前に進んでいるお前さんを──ノエルを笑う資格なんざねえよ」
彼女の気持ちを聞いて、その理由を聞いて、腑に落ちてしまえば言葉にすることは簡単だった。今言ったのは偽らざる俺の本音。
俺なんかよりよっぽど立派な人間じゃないか、この子は。
傷ついて、苦しんで、悩んで、それでも頑張ろうと懸命に努力し続けている。
気付けば、ノエルの両頬には涙が伝っていた。
「…………あ、ごめんなさい……こんな、こんなはずじゃ……」
何とか止めようと両手の袖口で目を拭うが、涙は次から次へと溢れてくる。
「ごめんなさい、全然止まってくれなくて、違うんです、違うんですよ……」
俺は何も言わず、彼女が泣き止むまで黙って見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます