第25話:「笑顔の裏に隠されたもの」

 土産屋の通りを歩きながらリネアの母親を探すが、これといった手応えが見つからないまま時間が過ぎていく。


 彼女の親だって我が子とはぐれたことには当然気付いているだろう。

 今頃は必死こいて探しているはずだ。

 

 だとすれば、見つからないはずはないはないんだが……。

 根本的に探す場所を間違えているか、あるいは彼女の親が探す気が無い・・・・・・という可能性を除けば。

 

 しかし、そんな可能性は万に一つもないだろう。

 

 話を聞いた限り、リネアと親の仲は良好に見える。

 母親に怯えた様子もなく探しているし、父親はよく肩車をしてくれるって言ってたからな。

 それに、もし虐待を受けている子供ならこんなに表情豊かにはならない。


「んんー、おかあさんどこー」

「大丈夫、すぐ見つかるさ」


 不安そうなリネアを宥めつつ、隣のノエルの様子を窺う。


「うーん……」


 ノエルはノエルで集中して探しているらしく、真剣な表情で辺りをキョロキョロと見渡していた。

 

 彼女とも何か会話すべきかと思ったんだが、今はそういう空気ではなさそうだ。

 俺も表情を真面目なものに切り替え、再び周囲に意識を向ける。


 それからしばらく歩くと、通りの雰囲気が少し変わってきた。

 建物の中に店を構える路地から、屋外にテントを張ってフリーマーケットのような方式で出店している地帯へとなったのだ。


 店の中ではぐれてそのまま外に出ていってしまうなんてことはそうそうないだろうし、もしかしたらこの辺りでリネアは迷子になったのかもしれない。

 そう思って更にしばらく進んでいくと、唐突にリネアが声を上げた。


「あ! おかーさん!」


 リネアのその声に視線を前に向けると、なるほど確かに不安そうな顔であちこち見渡している女性がいる。

 髪の毛の色もリネアと同じピンク色。恐らく彼女が母親で間違いないだろう。


 リネアを肩から降ろしてやると、彼女はとてとてーっとそちらの方に走っていった。


「おかあさーーーん!!」

「リネアっ!?」


 リネアに気付いた母親は彼女を抱きしめ、リネアはそこで初めて声を上げて泣いた。

 

 先程までは我慢していたのだろうが、やはり年端もいかぬ子どもだ。

 本当は不安に押しつぶされそうだったに違いない。

 そんな感情が、親と再会して安心した瞬間に溢れてしまったのだろう。


「もう、リネアの馬鹿……っ! 勝手にどこかに行っちゃ駄目だって言ってるでしょう!」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


 そんな親子の様子を見てノエルと微笑み合うと、彼女たちの方に向けて歩を進める。


「リネアちゃん、よかったね。お母さん見つかって」

「一件落着ってとこだな」


 リネアの母親はその言葉に顔を上げてこちらの姿を認めると、おおよその事情を察したのだろう。リネアを抱きしめたまま、頭を下げた。


「すみません、娘がご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、気にしないでください。無事に会えたようでホッとしています」

「そうそう、大事にならなくてよかったぜ。ここら辺は治安がいいとはいえ、リネアちゃんはまだ小さな子供だしな」


 それからリネアの母親は何事かを言ってリネアを諭すと、母娘で並んで立ち上がって再び頭を下げる。


 まだ若い女性だ。どちらかというと、リネアとは親子というより姉妹という表現の方がしっくりくる。

 だというのに、礼儀がしっかりした良い親だなというのが最初の印象だった。


「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。私はこの子の母のソフィーと申します。改めまして、本当にありがとうございました。おかげさまで娘と無事に会うことができました」

「何よりだ。俺はヴァニ。そんでこっちの子が……」

「ノエルです。リネアちゃん、とってもいい子でしたよ。ねっ」

「えへへ……うんっ! だってリネア、将来りっぱなお花屋さんになるんだもん!」


 ノエルがリネアに微笑みかけると、彼女はそう言ってにっこりと笑う。

 

 それはまるで向日葵ひまわりのように明るい笑顔で、つられてその場にいる全員が笑顔になる。

 やはりこのような表情は子供の特権なのだろうか。いや……この子なら、きっと大きくなってもそういう存在でいられるのだろうな、と思った。


 しかしふと、リネアの母親──ソフィーが申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「本来なら何かお礼をさせていただきたいのですけれど、実は帝都には旅行で来ておりまして……。その、非常に申し上げにくいのですが、今はお金以外何もご用意できるものがなく……」


 彼女はそう言うが、別にこっちだってそういうものが欲しくて手伝ってたわけじゃない。

 俺は気にするなと片手を挙げて伝える。


「構わないさ。子供が笑顔で無事に親の元に帰れただけで何よりってもんだろ」

「その通りです、お代なんて結構ですよ!」


 自分のキザなセリフに若干のクサさを覚える俺と違って、ノエルはにっこりと口元に手を添えて微笑む。


「ふふっ。お優しいんですね、お二人とも」

「うん! ヴァニおにいちゃんも、ノエルおねえちゃんも、すっごいやさしかったんだよ! あとね、ティオナおねえちゃんも!」

「まあ、他にもリネアのことを気に掛けてくださった方がいたの?」

「そうなの! えっとね、ギルド? っていうところで、受付じょうをしてるんだって!」


 その発言に事実だという意味を込めて頷き、「大した記憶力だな」と褒めながら、ドヤ顔をしているリネアの頭を撫でてやる。


 親からすれば挨拶に行かなきゃいけない場所がもう一つできて胃が痛いかもしれないが、それが親の責任ってもんだ。頑張れよ、ソフィーさん。

 

「そうだったの、本当になんとお礼を言ったらいいか……」

「おーい、ソフィー! リネアーっ!」


 その時、遠くの方からこちらに走ってくる男性が見えた。


「おとうさん!」


 それを見たリネアは嬉しそうにそう言った。


 彼女に父と呼ばれた鳶色とびいろの髪の男は、息を切らしながら立ち止まると、少しの間呼吸を落ち着ける。


「すまんっ、遅くなった! 宿の手続きに思いのほか手間取ってな。こっちの方に行くって聞いてたから、急いで来たんだ……って、そちらの方々は?」

「ああ、あなた。この方たちは──」


 そうしてソフィーから説明を受けること少し。

 話を聞き終えた彼女たちの父親──アレスは五体投地の勢いで地面に伏せた。


「たいっへん失礼しましたァー!」

「いやいや、だからいいって……」

「あ、あはは……」


 なんというか、凄いハイテンションな旦那だなと思いつつノエルと二人で苦笑を浮かべる。

 アレスはガバッと顔を上げると、そのまま全身でリネアを抱きしめた。


「この子は俺達にとって、一番の宝物なんです! それが、お二人に見つけてもらえなかったら今頃と思うと……うおおおっ!」

「もー! おとうさん、おヒゲがじょりじょりしてくすぐったいよー」

「すみません。この人ったらいつもこうで」


 夫を見ながら申し訳なさそうに笑うソフィーを見れば、『いつもこんな感じなんだろうな』と察せる。

 

 しかしアレだな、良い家族だなというのが伝わってくる。

 しっかり者の母親に、愛情と感情をストレートに表現する父親、そしてその二人から確かな愛情を受けて育つリネア。清々しいくらいに素敵な家族だ。

 

 ……だからこそ、そんな彼らを見るノエルの寂しそうな笑顔が気になって仕方なくて。


「まぁ、折角の帝都エグゼアだ。今度は娘さんとはぐれないようにしつつ、存分に楽しんでってくれ。リネアちゃんもな。今度は迷子になるんじゃないぞ? んじゃ、俺らはこの辺で」

「この御恩は忘れません! 本当にありがとうございましたッ!」

「ええ、皆さんには本当に感謝してもしきれません。ほら、リネアもちゃんとお礼を」

「うん! ヴァニおにいちゃん、ノエルおねえちゃん! ありがとう! またね!」

「うん、またね。素敵な思い出がたくさん作れますように!」


 大きく手を振るリネアたち一家と別れて少しした後、俺はノエルに声をかけた。


「大丈夫か?」


 ノエルは一瞬驚いたような様子を見せたあと、すぐに取り繕ったような笑みを浮かべる。

 だがどこからどう見てもハリボテなのがバレバレだ。


「……私は全然大丈夫ですよ。それよりもリネアちゃん、無事にお母さんたちと会えてよかったですね」

「だな。きっとあの様子ならもう大丈夫だろ。……ところでさ、話は全然変わるんだが、昼飯ってもう食ったか? 実は美味い店を知ってるんだが、一人だけってのも何か入りづらくてな。よかったら付き合ってくれないか? ああ、いや、ナンパとかじゃないんだが」

「ふふっ、そんな感じの方には見えないので分かってますよ。でも、ご飯ですか。確かにまだなんですけど、その……実は今は持ち合わせがあまりない、といいますか。ですので、折角のお誘いですが──」

「それが断る理由なら全然気にしなくていいさ。こっちから誘ったんだ、当然俺が出すよ。だから、もしそれでも気になるって言うんなら、代わりと言っちゃなんだが……色々聞かせてくれないか? ……あんたのこととか」


 俺がそう言うと、ノエルは俺の様子を不思議そうに笑ってお辞儀した。


「なんだかお世話になりっぱなしになってしまいますね。……でも、それでしたらお言葉に甘えてご一緒させていただけたら嬉しいです。もちろん、お金は貯まったらきちんとお返ししますからね!」


 その返答に俺は安堵する。


 何でもいいから、とにかく彼女を引き留めておく理由が欲しかった。

 さっきの彼女の顔を見てから、ずっと心に漠然とした不安があったんだ。

 

 なんだか今のまま放っておいたら、そのうち彼女は壊れてしまいそうな気がして。

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