第23話:「束の間の休息」 

 翌日の昼下がり。


 本当なら例のバケモノのこともあるし、こんな悠長な一日を過ごすのは嫌いなんだが……かつて世話になった女性に『人間、最低一日は何もしない日を作れ』と口酸っぱく言われていたので、俺は仕方なく休日を設けていた。


 正直な話、一刻も早くあの大森林に行って少しでもあのバケモノの調査を進めたい。

 だがイザベラにも言われてしまった通り、下手に動いて状況を悪化させるのは好ましくないだろう。


 そんなこんなで、俺はラフな格好で外を歩いている。

 穏やかな天気も相まって、街はのほほんとした雰囲気に包まれていた。

 

 特に空いた時間を使って何かすることがあるわけでもなし。

 当てもなくぶらぶらと散歩をしているのが現状だ。


 ちなみにラフな服装とはいえ、もちろんフード付きだ。

 やっぱり人目があるところに出る以上フードはマストである。


「スゥ……ヒュ~……♪ ああ、ンンッ!」


 何となく気分転換に口笛を吹こうとして──止めた。

 

 誤魔化すために軽く咳払いをしてみる。

 白昼堂々フードを被った怪しい男が独りで口笛吹いてるとか、どんな怪しい人間だよって話だからな。衛兵に目を付けられて詰問されるのがオチだろう。

 

 そんなどう足掻いてもよくない未来に向かう光景しか見えない以上、人畜無害な一般人に徹するのが最適解。

 

 自分を戒めつつ通りを歩いていると、ふと視界に違和感を感じた。


「ん?」


 大通りの向こう。丁度俺が立っている方とは真反対の道の端っ子にいる少女と女の子。

 子供の方は知らないとして、少女の方に俺はえらく見覚えがあった。

 というのも、その姿が昨日ハンターギルドで見た少女その人だったからだ。


 あまりにもタイムリーな、しかし同じ街にいる以上予想外とは言えない再会に困惑しつつ、何故か俺の足は少女達から身を隠すように細い路地の方へと向いていた。

 

 別にやましいことがあるわけでもないんだから無視して通り過ぎればいいのに、まるで盗賊や暗殺者のように気配を殺して少女たちの様子を窺う。 


 何故、俺はこんなことをしているのだろう。

 別に彼女を表立って庇ったわけでも直接話したわけでもなく、接点はほとんど無いはずだ。向こうだって、俺に気付くわけがないだろう。


 だというのに、俺の気持ちはどうしてか、彼女に自分の存在を認識されるのを恐れているような心境だった。


 物陰から様子を見るに、どうやら少女は迷子の女の子を保護しているようだ。

 少女はしゃがみ込んで、女の子の頭に優しく手を置いている。

 それからキョロキョロと辺りを見渡して……危なく目が合うとこだった。


 深呼吸をして、再び壁から顔を出して少女達の方を見ようとした瞬間。


「あれ、ヴァニさん? こんなところで何してらっしゃるんですか?」

「どぅわっしょい!?」

「ひゃっ!?」


 全くの意識外から唐突に声を掛けられ、驚く俺。

 そしてそれに連鎖するように驚き返した声の主はティオナだった。


「んだよ、ティオナか……驚かさないでくれよ」

「す、すみません。しかし、見知った顔の方が何やら不審者のようなことをしてらっしゃったもので」

「それについちゃなんも言い返せねぇな……」


 返す言葉もない。

 格好も相まって、不審者のような……というよりまんま不審者だ。今の俺は。

 

 軽くため息を吐いてから改めて見るティオナは、外だというのにギルドの制服を着ていた。

 

「あれ、休憩中か何かか?」

「はい、ランチの帰りです。それで、ヴァニさんはこんなところで何を?」


 そう言ってティオナは、俺の見ていた方に顔を覗かせて「ああ」と納得したような声を出す。


「彼女はギルドで一度対応したことが……お知り合いか何かですか? 直接声をかければよろしいのに」

「いや。なんていうかまぁ、たまたま目に入っただけでな」

「ふんふん」


 心なしかティオナの目が一瞬光った気がする。

 それから悪だくみをする女児のような顔つきでニヤっと笑うと、俺と少女のことを見比べ始めた。

 なんとなく分かる、これは絶対に何か良からぬことを企んでいる顔つきだ。


「さてはヴァニさん、一目惚れというやつですね? いいえ、言わずとも分かります、可愛い子ですものね? でしたら仕方がありません! 不肖このティオナ、ご協力して差し上げましょう!」

「いや全然違うぞ、俺はそうつもりで見てたわけじゃ…………待て、待ってくれ。その前にさ」

「はい?」


 俺の手を引いて少女の方へ向かおうとするティオナに、待ったをかける。

 この話だけはどうしてもしておかなければならない。


「ティオナは聞いてないのか? その……フォックスのこと」


 そう言うと、ティオナの顔は若干の陰りを見せる。


「……いえ、話には聞いています。酷い怪我を負って、今は入院治療中だと」

「そうか。……すまなかった。俺がついていながら──」

「ヴァニさん。私はあくまでギルドの受付嬢で、現場のことは何も知りません。ですが、ハンターがどれだけ過酷な仕事かということも知っていますし、今までに担当してきた方々の訃報だって何度も聞いてきました。……ハンターというのはそういう仕事なんですよ。なので、あなたが責任を感じる必要なんてどこにもありません」


 ティオナはそう言って、あくまで安心させるように微笑んだ。

 

 多くのハンターは知らないだろうが、俺や【白翼の鷲】、それから彼女と仲のいい職員は全員がティオナがフォックスに好意を抱いていることを知っている。

 そして彼女も、俺たちが知っていることを把握している。

 

「いや、けど──」

「ヴァニさんは考えすぎなんですよ。自然界という驚異が相手では、どう頑張ったって救えないものはあるんですから。それに、フォックスさんはまだ死んでいません。なら、私たちにできることは……フォックスさんが無事に目を覚まして、また元気に活動してくれることを祈るだけじゃないですか?」

「……その通りなのかもな」


 ティオナの明るく優しい考え方に感心していると、再び手をガッシリと捕まえられる。


「さあさあさあ! この話はおしまい! 善は急げですよー、ヴァニさん! 早くしないと、彼女たちもどこかに行っちゃうかもしれませんから!」

「は? だからそれは知らねえよ、俺は別に──」


 ぐいぐいと引かれる手から何とか抜け出そうとするが、びくともしない。

 なんという力だ。まさに怪力と言わざるを得ない。

 ただでさえ華奢で細身な上、普段事務仕事をしているだけの彼女の一体どこからこんな力が出てくるのだろうか。


 そうこうしている内に抵抗虚しく、俺たちは少女と子供の前に姿を晒すこととなってしまった。

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