第22話:「不快の返報」
騒がしかったメインホールが、しんと静まり返る。
カウンターにいる受付嬢。
メインホールにいた大勢のハンターたち。
そして当事者の駆け出しハンターども。
誰もが一言も発せず、俺の方に目を向けていた。
「な、なんだよ」
茶髪の青年──ロルフが口の端を引き攣らせながら、どこか気まずそうに俺に声をかけてくる。
「めんどくせぇ問答をする気はない。シンプルに言うぞ、不快だから今すぐその足を元の位置に戻してさっさと失せろ」
俺は無表情のまま、じっと相手の目を見つめて尋ねた。
「………………」
何かを感じ取ったのか、ロルフは大人しく足を引っ込めた。
しかし、その表情は不満そのものだ。
「……チッ、クソうぜぇ」
ギリギリ聞こえるか聞こえないか程度の声量で悪態を吐く
突然の俺の介入に、二者二様の表情を浮かべる馬鹿女たち。
「おたくらもだ」
「……何よ?」
「さっき言った通りだ。どこへなりとも、さっさと失せてくれ。気分が悪くて仕方ねぇ」
「でしたらどうぞ、お出口はあちらに。見知らぬ方に命令される筋合いはありませんので」
「へえ、その『見知らぬ方』にご迷惑をお掛けしてる奴が随分面白いこと言うじゃねぇか」
「仰っている意味が分かりませんが?」
お前が言うなという話だが、こんな性格の悪そうな奴らが素直に話を聞くはずがないよな。
この展開は何となく予想していた。
そっちがその気なら、こちらも反論してやろう。
「しらばっくれんなよ。真摯に謝罪してる人間に向かって、『恥もプライドもないのか』だの『同じ人間だとは思いたくもない』だの……凄い言い草だっただろうが。今さら弁解の余地があるとは思えんが? そもそも、たかが駆け出しの分際で同じランクの人間に対してその大口。それこそ恥ずかしいとか思えないのか? お前自身はそんなに優秀なハンターなのか?」
「……っ!」
金髪の女──ナスターシャは押し黙ると、口をキッと引き締めながらこちらを睨んできた。
その瞳の奥には怒りが見える。
「おーおー、随分反抗的な目だな。すげえよ、まるで自分は何も悪くないと心の底から思ってる奴の目だ。確かに人を見下したような態度を取る辺り、プライド
俺がそう言うと、周囲のハンターから失笑が漏れた。
その雰囲気を感じたのだろう。
周囲の嘲りに、俺が指摘した通りプライドだけが肥大したナスターシャは不快感を隠そうともせずに口を開く。
「……あなたは何様なのですか?」
「あ?」
「これは私たちのパーティの問題です。どこの誰とも知れぬ部外者のあなたが、図々しくでしゃばらないのでいただきたいのですが」
「そ、そうよ。あんたに関係ないでしょ」
ナスターシャの勢いに乗せられたカレンがやっと声を出した。
ちなみにロルフは未だに顔を真っ赤にさせながらこちらを睨むばかりだ。
さっきまでは一番調子に乗ってたのに、その勢いはどこに行ったんだろうな?
俺は短くため息を吐くと、乾いた笑いを上げる。
「パーティの問題? 他人には関係ない? それ本気で言ってんのか? いやぁ面白いな、お前ら。傑作だよ。ハンター社会を何も知らねぇくせにイキり散らかすガキ臭さが実に滑稽だ」
スラスラと捲し立て、間髪入れずに次の言葉を放つ。
「アホか。だったら他人に迷惑掛けないところで勝手にやってろよ。ここはお前らの家か? 場末の酒場か? 違うよな? 何かに困ってる人間が依頼をするために来たり、ハンターが自らが死ぬ危険を承知で日々依頼を受けにくる場所だ。そんなところで他人の迷惑も考えずにギャーギャーピーピーと、よくもまぁ……厚顔無恥にも程がある」
「それは……」
「…………」
「…………チッ」
どうやら低能なりに理解はしたようで、馬鹿どもは押し黙る。
まぁ、
「確かにお前らの言い分も最初は分からなくはなかったぜ。だからこの場にいる全員が我慢して誰も何も言わなかった。何があったかまでは知らんが、パーティに貢献できない奴を外すのは理に適ってるからな。でも、その後にお前ら何した?」
「もういいです。行きましょう、カレン、ロルフ。こんな人間を相手にする必要は──」
「その子の人格否定をして、人間性を貶した。それも公衆の面前でな。挙句、させる必要のない辱めまでして笑いものにしたんだ。……おい、逃げれると思ってんのかクズ」
「……ッ!?」
最後に発した俺の言葉で、自分たちの都合が悪くなった途端にさっさとこの場を去ろうとするナスターシャが再び硬直する。
種も仕掛けもない。ただの威圧だ。
本来は弱い魔物除けに使うようなものだが、この程度の人間なら魔物でなくとも十分通用する。
駆け出しの新人相手に大人げないかもしれないが、相手は人の道を外れたクズだ。
倫理を説かれる謂れはない。
「で、どうだ? ここまで懇切丁寧に教えてやっても、まだお前らパーティだけの問題だと思うか?」
「「「…………」」」
三馬鹿が何も言い返せないでいると、次第に周囲から声が上がり始める。
「だっせぇな」
「さっきまでの威勢はどうしたんだか」
「ったく、久々に気分悪いもん見せられてどうしようかと思ったぜ……」
「いるよな、ああいう自分の力量は棚に上げて偉そうに人を見下すやつ」
「ああはなりたくねぇな」
「全く同感だ」
皆、我慢していたのは同じ。
大人だからと抑えていた不満の蓋が徐々に溢れ始め、三馬鹿を糾弾する声が大きくなり始めた頃。
「あ、あの!」
声を上げたのは騒動の渦中にいた少女だった。
「皆さんの仰ることはごもっともです……でも、私が駄目だったのが悪いんです。この場の皆さんにご迷惑をお掛けしたこともきちんと謝ります。ですから、どうかこの辺りで許してはいただけないでしょうか! 後は、後はちゃんと場所を変えて私たちで話をしますから……!」
少女はゆっくりと立ち上がりながらそう言い、周囲に向かって頭を下げる。
確かにパーティの役に立てなかったのかもしれない。あまつさえ今回の茶番劇の一員かもしれない。
でも、だからといって、お前がその責任を全部負って謝るのはお門違いだし解決にならないだろ。場所を変えたとしても、同じ目に遭うのは目に見えている。
……それに、そんな言い方をしたら逆恨みでもっと酷い目に遭わされるかもしれないじゃねえか。
ひとまず暴力沙汰は防げたが、結局状況は変わってないし俺の心に
更にそんな俺の気持ちをさらに逆撫でするかのように、カレンが小さく嫌な笑いを浮かべながら口を開いた。
「そうよ……元はと言えば全部あんたのせいじゃない。全部あんたが役立たずだったからで、だからあたし達は何も悪くなんて──」
それを聞いて『こいつ一発ぶん殴ってやろうか』と、俺がそう思って怒気をカレンに向けた直後だった。
「失礼ですが、その辺りで」
低く気だるげな男性の声が、場の空気を掌握した。
現れたのは目付きの悪い、どことなく疲れた表情をした壮年の男性。
「お初にお目にかかります。
ギュスターヴは慇懃な仕草でカレンたちに一礼する。
「このようなハンター同士のトラブルを仲裁するのは一般職員の仕事で、私にとっては業務の範疇外ですので、なるべく手短に済ませたいのですが……」
彼は不満を隠し切れない様子で眉間に深い皺を寄せながら、怠そうな目でカレンたちを捉えた。
「単刀直入に。まず、状況はこちらでも把握させていただきました。【烏蛇】の皆様の主張については
その言葉を聞いたナスターシャは、媚びたような笑みを浮かべながらギュスターヴにすり寄る。
「ええ、ええ……! ギルドの方であれば、きっとお分かりいただけるだろうと思っておりました……!」
反面、ギュスターヴの瞳はどこまでも冷徹で、ナスターシャへの明確な侮蔑の表情を浮かべていた。
「しかしながら、あなた方の取った言動は、秩序とモラルを何よりも重んじるハンターギルドの理念とは真逆のものでもあります」
「…………はい?」
ギュスターヴのその発言に、声に出して肯定こそしないものの他のハンターたちも皆、同意見だというオーラを醸し出している。
そして、彼の奥から組合の職員がやってくるのが見えた。
「そのため、後の
ギュスターヴはそう言うと再び一礼する。
その礼は相も変わらず形だけだと言わんばかりのもので、面倒臭さが一心に伝わってきた。
「……はぁ。それでは【烏蛇】の皆様。後は彼に同行してください」
おいおい、こいつ今ナチュラルにため息吐いたな。
なんて思いながら、さっさと踵を返して先導していくギルド職人と、大人しくその後ろについていく【烏蛇】。
職員が間に入るのならば一方的で耳障りな罵倒はないだろうし、大丈夫か。
さっき自己紹介があった通り、ギュスターヴはこのハンターギルド・帝都エグゼア支部の副長に就いている人間だ。つまるところ、実質的な組織のナンバーツー。
痩せこけた頬に、気だるげな深紫の瞳。ところどころに白髪が目立ち始めたその男性は、しかし衣服越しにでも分かる鍛え上げられたしなやかな筋肉の持ち主。
それは、実戦から退いた今でも鍛錬を怠っていない証拠に他ならない。
そんな男が何故、こんな小さな諍いに……なんて思っていると、ギュスターヴと目が合った。
「まったくです。どこかの誰かさんが持ち込んでくださった面倒な話に、それに伴うイザベラ様の補佐。私も色々忙しいのですが。お陰様でまともな休息すら取れそうもありません。今回の件も、イザベラ様にあなたの様子を見守るようにと申しつけられて来てみれば……早速やってくださいましたね」
「俺のせいかよ、そりゃ悪かったな。ってか当然のように心を読むな」
「失礼、癖でして」
ギュスターヴはひとしきり嫌味を述べ、全く悪びれもせずに頭を下げて去っていく。
あの男の最も恐ろしい武器は、相手の心の中を見抜く力だ。
そしてギュスターヴ本人ほどではないにしても、さっき【烏蛇】を連れて行ったあの職員を含め、彼の部下は読心術をある程度修めている。
嘘や自分たちに都合の良い主張というのはほぼ間違いなく通用しないだろう。
彼の部下である職員に先導されて歩く【烏蛇】の後ろ姿を見送っていると、ふと、最後尾を歩く黒髪の少女が振り返ってこちらと目が合う。
少女は俺の方を見てぺこりと軽く頭を下げ、それから再び前に向き直って階段を上り、他の奴らとともに二階の談話室に消えていった。
「……ったく。何やってんだかな、俺も」
俺はそれを見届け、そして衝動的に取ってしまった自分らしからぬ行動にため息を吐きながらギルドを後にした。
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