第21話:「騒々しい害悪たち」

 その少女の見た目は端正な顔立ちをしており、青みがかった黒髪をルーズサイドテールに纏めた、マリンブルーの瞳を持つ少女だった。長旅をしてきたことが分かる黒いローブを着ており、少し大きめな杖を腹の辺りで握りしめている。


 数秒の動揺。

 俺は目を瞑り、軽く深呼吸を繰り返して自分の馬鹿馬鹿しい考えを改める。

 

 ありえるはずがないんだ。……"彼女"はもうこの世には存在しない。

 どれだけ雰囲気が似ていようと、あの少女は"彼女"じゃない………。


 それでもなまじ興味を惹かれてしまった俺は、再び前方で繰り広げられている一方的な糾弾劇に意識を戻した。


 断片的な会話からは詳細まで知ることはできないが、恐らくはあの少女がパーティに貢献することができず、パーティ全体に迷惑を掛けたことによる責任の追求が行われているのだろう。

 

 だが、耳に入ってきた責め苦から判断できる限りでは、少女だけに責任があるようには思えない。

 

 見立てでは赤髪の少女と例の少女は《進撃アサルト》、金髪の女は《支援者サポート》で、茶髪の男は《狙撃手スナイパー》か《斥候スカウト》だろう。

 《守手ガード》がいない以上魔物の注意はバラけるし、そうなれば接近タイプの《進撃》はともかく魔法タイプの《進撃》の攻撃は誤射の危険性がある。何より自らの身を守る手段が少ない。彼らが銅級のハンターなら尚更のことだ。

 

 しかしそれを知ってか知らずか、赤髪の少女の怒りは治まらないらしく、


「チッ、何か言い返しなさいよ、つまらないわね……。これじゃサンドバッグにもならないじゃない。とにかく! 悪いけどあんたとこれ以上組むのは無理。今日でさよならよ!」

「そうですねぇ、役に立たない人間を置いておくほど私たちも余裕があるわけではありませんから。それに、今後もっと役に立たなくなるであろう無能を仲間に入れておくメリットがありませんしね。可哀想ですが、お一人で頑張るか、あなたを拾ってくれる方々を探されては?」

「だな。ま、お前みたいなのを仲間に引き入れる馬鹿がいればの話だけどな? なんせお前は、一属性しか使えない! カス! 魔法師! なんだからよ! ハンターなんてこれっきり諦めて、娼婦としてでも働いた方がいいんじゃね? ヒャハハッ!」


 彼女らの言動はいちいち不快だが、一応その言い分にも道理がある部分は存在する。

 

 パーティで組む以上、いざというときに連携が取れず、戦闘に貢献できないのは全滅に繋がるリスクが大きいからだ。

 だからこのままパーティ追放の流れになるならば、それがあの場にいる四人全員にとってのベストだろう。少女にとっては気の毒だが、俺が出る幕はない。


 だが、そんな方向にことが進むはずもなく。


「……っそんな、お願いします! このパーティで頑張らせてください! 雑用でもなんでもします! 魔法ももっと練習して頑張ります! もっと……もっと皆さんのお役に立てるよう頑張りますから!」

「ああ、もうッ! うるさいッ!!」

「あうっ……!」


 少女は赤髪の少女に縋り謝罪の言葉を述べるが、赤髪の少女は顔を歪めてそれを振り払うと少女を突き飛ばした。

 勢いよく押された結果、転んで尻もちをついてしまう少女。


「バッカじゃないの!? こちとらアンタのせいで一回死にかけてんのよ! そんな疫病神を連れてこれからも活動できるわけないでしょ!?」

「まあ、なんて情けない……。恥もプライドもないのですか、あなた? 私だったらそんなみっともなく許しを乞うような真似はできませんねぇ」


 そこに、追い打ちのように容赦ない人格否定の言葉が浴びせられる。


 きっと彼らはハンター社会の常識を知らない駆け出しなのだろう。

 荒事ばかりのハンター稼業だが、だからといってそんな仕事を請け負っているハンターは粗暴な人間ばかりかといえば、むしろ真逆のタイプの人間ばかりだ。

 

 彼らは何より秩序を重んじる。

 何せ己の言動や評判がそのまま自分の仕事に直結することを知っているからな。


 そのため、このように揉め事を起こす人間を基本的には好まない。

 問題を起こせば誰とも組めなくなり、悪評を流され、態度が悪ければ斡旋してもらえる依頼も質が悪いものになるからだ。

 

 当然、彼女らが今取っている行動は自分で自分の首を絞めるような愚行。

 今後彼女らと一緒に仕事をしたいと思うハンターは、少なくともこの場には一人もいないだろう。

 いかにハンター社会はドライと言っても、それは各々が負うリスクを考慮すれば当然の結果なのである。


 故に、既に周囲のハンターたちから白い目で見られ始めていることにも気付かず、茶髪の男はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべて尚も言葉を紡ぐ。


「まあ? どうしてもっていうんなら考えてやらなくもないけどよぉ、それ相応の態度ってもんがあるんじゃね?」

「ちょっと、ロルフ!」

「いいですねぇ、それ。確かにそうしたら私たちの気も変わるかもしれません。どうせ恥なんてないのですから、できますよね?」

「ナスターシャまで──」

「あら、いいじゃありませんかカレン。どうせ彼女のせいで依頼は失敗したんですよ? 彼女が情けなく地べたに這って許しを乞う姿を見れば、少しはすっきりすると思いませんか?」


 ナスターシャという性格の悪そうな金髪の女にそう問いかけられた赤髪の少女、カレンは一瞬考えた後に……その口元を醜悪に歪めた。


「……ハッ、確かにそうね。あんたのせいで今日の収入はゼロだし、その鬱憤は晴らしたいもの。いいわ、あなた──土下座しなさい」


 その言葉に少女は一瞬表情を強張らせ、しかしすぐに弱弱しく頷いた。


「……わかりました。それで皆さんが許してくださるのなら」


 そして杖を傍らに置き、ゆっくりと土下座の姿勢で額を床に押し当てる。


「この度は皆様にご迷惑をおかけしてしまい、本当にすみませんでした……。どうか、どうかもう一度私にチャンスをください」


 屈辱と羞恥を耐え忍び、それでも残された希望に縋って最低な要求に従う少女。

 しかし、そんな少女を見た三人は次の瞬間吹き出した。


「プッ、あはははは! 本当にやったわこの子! 信じられないんだけど!」

「これは何ともまあ……ここまでくると、同じ人間だとは思いたくもありませんね」

「ギャハハハハッ! ひぃー駄目だ、腹イテェ! そんなんで許されるとか本気で思っちゃたん!? マジで笑えるんだけど! あーヤベェ!」

「…………え?」


 その言葉に少女はゆっくりと顔を上げる。

 見えた表情には、絶望がはっきりと刻みつけられていた。


「だ・か・ら・! とことんバカなのね、あんた! 頭が悪すぎて虫酸が走るわ! 土下座したくらいで許すわけないって言ってんのよ!」

「でも……でも、考え直してくれるって──」

「すみませんねぇ、人以下の犬畜生には分かりませんでしたか。私たちはあくまで一考すると言っただけ。別にもう一度パーティに迎え入れるなんて、一言も言っていないんですよ?」

「そんな…………どうして」


 そこにあったのはただの陰湿なイジメ。

 正当な言い分も大義も何も無い、ただ少女を人として貶めようとするだけの純粋な悪意。


 そんな彼らのやり取りに、俺は反吐が出そうになっていた。

 全く、今日はとことん厄日だ。

 ただでさえ苛ついているというのに、ここまで神経を逆撫でにされるものを目にするなんてな……。


 だが俺には関係のないことだ。

 往々にして、こういうことはどこのギルドでも起こり得る可能性のあるもの。 

 それに、あんな行いをしている奴らにはどうせ近い内に天罰とやらが下るだろう。


 そして基本的に、俺はフォックスと違って見知らぬ人間に対してお節介は焼かない。

 あの少女には申し訳ないがこれは彼女らの問題だ。


 俺はその胸糞悪い光景からギルドの出口の方へ眼を逸らし、その場を後にしようとした。


「つーかさ、誰が顔上げていいって言ったよ?」


 それでも尚、背後からロルフと呼ばれた男の声が聞こえてくる。

 

「…………クソが」


 何故、俺はその声を聞いて振り返ってしまったのだろうか。


 魚の小骨のようなものが喉につっかえているのを感じていたからか。

 あるいは、少女に見た"彼女"の面影のせいだろうか。


 とにかく、再び視界に入ってきたロルフはニタニタと笑いながら、呆然とした様子の少女につかつかと近付いていく。


「しょうがねぇから教えてやるわ。土下座ってのはよ、頭をこうやって……」


 そう言いながらロルフが少女の頭の上に足を振り上げ、少女がこれから自分がされる行いを予感して目を瞑り、そして──


「おい」


 場の空気を凍りつかせるような底冷えする声が、俺の口から出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る