第19話:「あの森にいた存在」
ハンターギルドの中は、多くのハンターでごった返していた。
本来なら列に並ばなければいけないのだが、今回の目的は依頼の報告ではなく急ぎの要件だ。マナー違反で申し訳ないが、無理を言って割り込ませてもらうことにする。
「なぁ、そこのあんた」
「ん? 俺に何か用か?」
最前列にいた男に話しかける。
俺は男の更に後ろにいるハンターたちに目をやりながら、声を潜ませて言う。
「ああ、実は緊急の要件でな。ギルド長に通してもらう必要がある。すまないが、先頭を譲ってくれないか? すぐに済むはずだ」
「はぁ……? いや、それは……相当ヤバいやつじゃねえか。そういうことなら構わないさ。ほら、行ってくれ」
「悪いな、助かる」
男に列の最前線を譲り受け、受付嬢の前に出る。
ティオナとは別の受付嬢だった。そういえば、彼女の姿は見当たらないな……。
「えっと……すみませんが、列の割り込みは……」
「いや、事情を話して譲ってもらったんだ。至急報告があるんでギルド長に会いたい。【白翼の鷲】とディアロフト大森林についての件だと伝えれば話が通るはずだ」
「はぁ、かしこまりました……」
受付嬢は尚も怪訝そうにしながらギルド職員の部屋に入っていき……少しして慌てた様子で戻ってきた。
「っお待たせしました! ヴァニ様、三階の会議室でギルド長イザベラがお待ちです!」
「ありがとう。それじゃ」
受付嬢と、それから順番を譲ってくれた男に軽く礼を言い、三階に向かう階段を上がっていく。
一階のロビーとは打って変わって静かな長い廊下を進んで行くと、【会議室】と書かれた部屋の前に辿り着いた。
俺は扉をノックをして、中にいるであろう人物に呼びかける。
「ヴァニだ」
『入れ』
厳かな雰囲気の女性の声に従い部屋に入ると、部屋の中にある椅子に二人の女性が座っていた。
一人はこの帝都・エグゼアのハンターギルドのギルド長を務めている女性、イザベラ・カルデナント。
紅色の長髪を後ろに流した、右瞼から頬にかけての痛々しい傷跡が印象的な厳しい顔つきの三十代ほどの女性だ。
それからもう一人は……知らない顔だな。
とりあえず彼女たちの対面になるように椅子へ腰掛けると、それを見計らってイザベラが口を開いた。
「ひとまずご苦労だった。疲れているとは思うが、早速話を聞かせてもらいたい」
「ああ、もちろんだ。だがその前に、あいつらはどうした? それと……そっちの女性は誰だ?」
「ご挨拶が遅れましたね、私はシャノン・ルセンタ! ハンターギルド帝都エグゼア支部・"魔物研究部門"室長をやらせてもらってます。今回の話はとても興味深いものでしたからね、イザベラさんに呼ばれて待機してたんですよ! あなたは……ヴァニさんでしたね! よろしくどうぞ!」
「そうか。シャノン、こちらこそよろしく頼む」
疑問を投げかけると、イザベラの隣に座っていた女性が口を開く。
黄色がかった橙色のショートボブの、眼鏡をかけた年若い少女だ。
「【白翼の鷲】のメンバーについては先に帰らせた。主に精神面での疲弊が強そうだったのでな」
「確かにそれはそうだな。気遣い感謝する、ギルド長」
「不要だ。それよりも今は時間が惜しい、本題に入ろう」
イザベラは足を組み替えると、深い緑色の瞳を鋭くこちらに向けた。
「それで、お前は──あの森で一体何を見た?」
「何を見た、か……。いや、その表現は適切じゃない。正確には『ほとんど何も見えなかった』だ」
「続きを話してみろ」
「ああ。スキンテイカーとサベージアームの群れに襲われた話は、多分ハーラルド辺りから聞いたよな。ヤツらを倒した後、俺は何かに襲われた。姿も音もない、何かにな。……ただ唯一、そのバケモノはずっと"声"を発していた」
「"声"って、いわゆる魔物の鳴き声のことです?」
シャノンが首を傾げてそう尋ねてくる。
俺は首を横に振って、その疑問に答えた。
「いや、違う。アレが発していたのは紛れもなく──"人間の声"だ」
それから、俺はあのバケモノとの戦闘の様子を語った。
最初の遭遇から、どこかへ姿を消すところまで……包み隠さず全てを。
話を聞き終えたイザベラは深い溜め息を吐くと、胸ポケットから煙草を取り出して火を点けた。
それに気付いたシャノンが少し嫌そうな顔をしてイザベラを見るが、当の本人は無視を決め込んでいる。
「フゥ……。どうやら、かなり厄介な話を持ち込んできてくれたようだな」
「同意する。それで、そいつが落としていったものが……これだ」
背負い袋に入っていたバケモノの体毛と血液の瓶をローテーブルの上に並べると、シャノンが待っていましたと言うように目を輝かせた。
「わぁ……これですよ、これ! 私はこれを待ってたんだぁ! ねぇねぇ、イザベラさん。早速見てもいいですか?」
「無論だ」
イザベラの了承を得たシャノンは、まずバケモノの体毛を手に取って観察し始める。
「ふんふん、かなりの強度ですね。鋼鉄ほどではないけど、多分並の攻撃じゃ傷付かないでしょう。それでいて凄く柔軟。こんなの、一般的に人の使う道具に用いられる素材には存在しないですよ。繊維も、一般的な獣毛と比べてかなり細かい。これは……どちらかと言うと、人間の髪に近い構造かな?」
「凄いな、軽く見ただけでそこまで分かるのか?」
「ああ、いやいや。私の力じゃないですよ。手品の種はこれです」
シャノンはそう言って、かけていた眼鏡を外してひらひらと見せてくる。
「解析魔道具ですね。まぁ、これに込められた魔法の強さはそこまで精度が高くないので、いずれにせよ一度しっかり持ち帰って研究する必要はあるんですけどねー。それでも、こういうときには結構重宝するんですよ?」
なるほど、彼女の眼鏡は視力が悪いから掛けているのではなく、魔物の素材を研究するための魔道具だったようだ。
「それで、次ですね。この血液ですけど……ううん、血液じゃないのかな?」
「というと?」
「いやぁ、私もちょっと初めてで戸惑ってるんですけど、この体液を血液って言うにはどうしても少し歪な組成なんですよ」
イザベラの問いに、シャノンは眉をハの字にしながら答える。
「だが、その液体はバケモノを切った時に確かに奴から噴出したんだ。なら、血液と言えるんじゃないのか?」
「もちろんヴァニさんを疑ってるわけじゃないですよ。でも、学術的には血液と言えないのも事実でして。細かく精査してから改めて報告することにはなると思いますけど、簡単に言うと血漿は確かにあります。でも、血球がないんですよ。これってどういうことかって言いますと、まず普通に生きていくのは不可能なんですね。あと、何故かこの体液には粘液性の唾液や胃液の成分も含まれてて。なんなんだろうなぁ、これ……うーん、分からない!」
シャノンは随分細かく教えてくれたが、生憎そういう専門的な知識はさっぱりだ。
なんとなくのニュアンスは理解できたが、それだけ。
俺は潔く丸投げすることにする。
「とりあえず、それを調べるのはおたくらに任せる。持っていってくれ」
「はいー、ありがとです。まだ見ぬ未知の魔物の研究ができるなんて、この仕事やってて良かったぁ! いやー、忙しくなるなー。うへへ……!」
俺は危ない目つきをしながらよだれを垂らすシャノンからそっと目を逸らし、イザベラに顔を向ける。
残念そうな顔でシャノンを見ていたイザベラも、俺の視線に気付いてかこちらを見た。
「……で、色々詰めたい話はあるんだが。さしあたって訊きたいことが一つある。結局のところあいつらの目からは一体、何が見えてたんだ?」
「………………」
俺の質問に、イザベラは目を細めて天を仰ぐ。
それから、おもむろに話し始めた。
「なぁ、ヴァニ。世界は謎に包まれていて、私たちの知らないものがまだまだ沢山あるのは当たり前のことだ。そしてそれを余すことなく知りたいと思うのは、大体の人間の性だろう。だが、まさかそれが何なのかを知りたくもないものがあるというのは……私は初めての経験だよ」
イザベラはかつて、凄腕のハンターとして多くの敵と戦ってきたという。
彼女の顔の傷もその時の名残であり、強者と渡り合ってきたことは確実。
その彼女がここまで言うとは、余程のものなのだろうか?
そして、イザベラは語り出す。
「彼らの証言は一致していた。その魔物には──
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