第15話:「マダ終ワリジャナイヨ」

 最後の一匹・・・・・、息も絶え絶えなスキンテイカーの首に、ゆっくりと足を乗せて体重をかける。


「ギ……ア、ガ……ガ……」

「世話になったよ。いや、本当に。けど、お陰様で少しだが感覚が戻った。やっぱり駄目だよな、楽な環境に身を置き続けるとさ」

「ガ……ギギ──ピッ」


 妙に甲高い断末魔と同時、足裏から伝わってくる鈍く軽い感触。

 そして何が起きたかを如実に示す、重く乾いた音が辺りに響いた。

 

 最後に残った六匹のスキンテイカーは、為す術なく全員が物言わぬ屍と化してそこら中に転がっている。

 これで、この場で生きている者は・・・・・・・俺以外に存在しない。


 疲労感から近くの木に背中を預け、煙草に火を点けながら、枝葉に覆われてほとんど見えない空を見上げる。


「フゥ……。久々だな、この感覚」


 もしあいつらが一部始終を見てたら、『お前、死んだんじゃなかったのか!?』なんて驚くんだろうな。

 

 ああ。俺は確かにさっき一度死んだ・・・

 だが、この"祝福"のせいで俺は何度でも生き返れる。


 ……見られなくてよかったな。

 こんなもの、見たらきっと気味悪がられるだろう。

 

 もはや"呪い"と言ってもいい、とある忌々しい"祝福"によって不死の体になってしまった俺は──まぁ、そういう理由ワケでこうしてピンピンしているとだけ認識してくれれば今はそれでいいさ。

 折れた骨も、穴の開いた体も、潰れた目も、切断した腕も……全部元通りだ。


 それより、あいつらは無事に逃げ切れただろうか。


 いや、逃げ切っていてもらわないと困る。

 そのために一度死んでまであの魔物どもを皆殺しにしたのだから。


 なんて、それは流石に責任転嫁が過ぎるか。

 もっと気を使って慎重に立ち回っていれば、あるいはもう少しダメージを抑えた状態で切り抜けられたかもしれない。

 そうは言っても仕方がないだろう。俺の戦い方は基本、捨て身の特攻なんだし。


「まぁ、戦いの勘が鈍ってたってのは……言い訳させて欲しいけどな」


 実際、今回こうして死んでしまったのは偏に俺の気が緩んでいたからだろう。

 ただ、それに関しての反省は次回以降に活かせばいい。


 それよりも落ち着いた今、気になるのは『結局あいつらが何を見たのか』だな。


 あの怯え方は尋常じゃなかった。

 この緊張する環境に曝され続けたことや、モンスターパニックを見たことによる突発的なパラノイアとも思えない。

 あれは正真正銘『何かを見た』結果の反応だ。


 それにフォックスが言っていたことも気になる。


──『……ヴァニ。あれは駄目だ、今すぐに逃げよう。俺達どころか、多分お前の手にすら負えない』

──『違う、違うんだよ。皆がこんなことになっている理由がよく分かった。あれは……あいつは、ずっとそこにいたんだ』


 あの言葉を真に受けるなら、この場には俺達と魔物、それから──


「……何かがいたってことなんだよな。それとも、まだいる・・のか……?」


 その問いかけに答えるように、冷たい風が頬を撫でて草木を揺らした。

 

 目を凝らして森の暗がりを見つめる。

 樹木が不規則に並ぶ、人気のない寂しい空間にはやはり何の存在も認められない。


 ……分からない。


 それが本当にいたとして、その正体は?

 見える奴と、見えない奴の違いは何だ?

 見えるようになるトリガーは?


 そして俺達を、ひいては交戦中で隙だらけだった俺を襲わなかった理由は?


 そいつの目的もそこに存在していた理由も、一切が意味不明だ。


「けど、不気味なくらいここまでヒントが全部当てはまるってのは見過ごせないよな……」


 落ちていた謎の体毛と紫の液体。

 魔物を捕食せずに惨殺した存在。

 ベルセルクを傷つけた上で逃がした存在。

 姿を見せつけながら何もせず傍観していた存在。

 俺達をずっと"観察"していた存在。

 

 状況証拠的に、これらのピースを嵌め合わせるなら、それは恐らく全て同一の──


『うふふ、あははっ』


 結論を出そうとしたその時、どこからともなく声が聞こえた。


 若い女の声だ。


「……?」


 辺りを見渡すが、当然のごとく視界には何も映らない。


 だが、確実に居る。何かが居る。


『あはははっ、きゃはははっ』


 少女のように無邪気に笑うその声は、俺の周囲、木々の間をぐるぐると駆けながら回っている。


『あははは! あははははは──オォォォォォォオオオオオオ……!』


 女の笑い声は、突如苦しむような男の唸り声に変わった。


「なんだ……? 何が居やがる……?」


 そっと煙草を足で踏みつけつつ、全身の感覚を周囲に集中させる。


 ざわざわと音を立てる木の葉。

 今までに増して急速に冷え込む外気。

 血の匂いに混じり始めた獣のにおい。


『ははははははは! ギャアアアアアアアア! ヴゥゥゥゥゥウウウウウ! ……ふふふふふふ、あーっはははははははははははははは!』


 まるで何人もの人間が集団でそこにいるかのように、色々な声が混ざり、響き、闇に溶けていく。


 そして、再度の沈黙が訪れた。


「………………」


 声が聞こえ始める前と同じような静寂の中、しかし何かの気配を確実に感じる。

 俺はすっかり元通りになった両の手で剣を構え、最大限に警戒を高めた。


 そして自分の心臓の鼓動が聞こえるほどの静寂を経て、


『あは』

「ッ!?」


 まさに真後ろ。

 俺の耳元でボソリと女の声が聞こえた次の瞬間、俺は直感でその場から飛び退いた。


 振り返ると、俺が先程まで立っていた地面が大きく抉れている。


「……これはちょっとばかり、まずいかもしれん」


 あれだけ威力の高い攻撃──恐らく攻撃だろう。

 それをされたというのに音が一切しなかったのだ。

 おまけに、その攻撃を放った本体の存在が未だに見えない。


 俺のすぐ後ろにいたはずなのに、だ。


 気配は感じているが、それは酷く曖昧な感覚であって、おおよそどの辺りにいるのかが全く掴めない。

 それ故にここまでの接近を許してしまった。

 もし向こうがその気殺すつもりだったら、あるいは俺は今の一撃で本日二度目の死を迎えていたかもしれない。

 

 それが意味するのは、つまるところ一つ。


「お遊びのつもり……かッ!」


 吐き捨てつつ、再び襲い掛かる不可視の攻撃を後方に跳躍して回避する。


 まるで幽霊ゴーストを相手にしているようで、それとは似て非なる異質な存在。

 だが生憎、こんな鬼畜な戦いを強いられている今、推理ごっこを再開する余裕はない。

 こいつの正体については無事に帰れたら追々考えるとして。


「ははっ、ふざけろよ! 見えない上に音もしない攻撃を避けろって、どんな無理難題だ!?」

『あはは、あはははは! あーはははははははは!』


 哄笑しながら次々と襲い掛かって来る謎の害意。


 もはや五感に頼るのは不可能。

 ここまでの戦闘で究極まで研ぎ澄まされた感覚だけを頼りに、攻撃の直前に僅かに感じる危機感を察知して避ける。


 スキンテイカーとサベージアームの群れはただの前座に過ぎなかった。

 魔物どもは逃げていた"何か"の正体は、間違いなく今俺を襲っているこいつだろう。


 戦いの第二ラウンド──それも俺にとって最も不利な形のモノが、今始まった。

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