第16話:「一緒ニ遊ボウ」
次々とやってくる存在感のない攻撃を、半ば運に任せるように左右に跳んで回避し続ける。
なるほど、これは見えていた方が幾分も戦いやすいだろう。
そうは言っても見えない以上は所詮無いものねだりなんだが。
それに、もしこの"何か"の姿を見てしまうことであいつらのように精神に異常をきたすなら、見えない方がいいのかもしれない。
とはいえ、このまま回避し続けているだけではジリ貧なのも事実で。
「これでどうだッ!」
埒が明かないと、適当な当たりをつけて振るった剣は虚しく空振り。
「が……っ!?」
反撃に飛んできた何かに思いきり腹を殴られ、勢いよく吹き飛ばされてしまう。
木の幹に強かに背中を打ち付け、肺から空気が漏れた。
視界にチラチラと星が舞うが、このままここにいたらまずいことだけは確かだ。
「ク……ソがッ!」
痛む体を叱咤して横に転がって回避すると、直前までもたれかかっていた樹がベキベキと音を立てて折れた。
「プッ……畜生! 腹は──穴が開いてるわけじゃなさそうだな。野郎、完全に弄んでやがる……!」
唾を吐き、今もどこかでこちらを見ているであろう存在に悪態を吐く。
あえて俺をおちょくるような攻撃だけを打ってきているのは確実。
何が目的だ? いたぶってゆっくり追い詰める気か?
だが、それならもう少し確実にダメージを与えて徐々に弱らせるはずだ。
いや、そもそもアドバンテージは圧倒的にヤツのほうが上。
そんな面倒な手間を取らずとも、殺したいならいつでも殺せるだろう。
もしやベルセルクの時のように、散々玩具にした挙句見逃す腹積もりで……?
何がお望みかは知らないが、何にせよこのまま黙ってやられっぱなしというのは性に合わない。
が、
「どうしろってんだ……クソッタレがよ」
対処法が分からないのも事実。
それでも……たとえ僅かだろうと、何かこいつの情報を得なければ。
「うぉぉぉおおおッ!」
それから俺は、攻めの姿勢に転じた。
被弾がどうした? 動けなくなれば、最悪何回だろうと死ねばいい。
とにかく反撃を、奴の鼻を明かすチャンスを掴むんだ。
回避行動はそこそこに、奴がいるであろう空間に向かって剣を打ち込み続ける。
相変わらず空を裂く感覚しかないが、ずっと続けていれば何かが変わるかもしれない。
いかに奴が不可視とて、物理的な攻撃をしてくる以上、こちらの反撃はいつかは絶対に当たるはずだ。
それは、自分の体の一部を地面に残していたことからも確信できる。
『う……うっ、うぅ……うううぅぅぅ……』
無茶苦茶に剣を振り回していると、笑い声がすすり泣く女の泣き声に変わった。
何故そうなったのか、理由は分からない。
"何か"は泣きながらも攻撃の手を緩めていない。
却ってただ不気味さが増しただけだ。
そして、その泣き声はいっそう酷いものになる。
『うあああああああああああああああああ! ああああああああああああああああああああああああああッ!!』
暗鬱な森に響き渡る、身を切るような慟哭。
それから始まったのは、半狂乱な見えない暴力の嵐だった。
「チッ……クソ! さっきよりも手数が増えやがった……!」
音が無く、形も見えない何かに次々と体を打たれていく。
前から、横から、後ろから。
これだけ四方八方からくるのだからと剣で防ごうにも、まるで物体をすり抜けているかのように的確に命中する。
「こっちは当たらないのに、お前からは何でも当て放題とかズルにも程があるだろうがッ!」
必死に抵抗するが、どうやっても打開策が見当たらない。
この状況で捨て身を続けるのはいくらなんでも無意味だと悟った俺は、一度距離を取ろうとその場から退避。
『あああああああああ! あああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああッ!』
ヤツは耳障りな泣き声を上げながら、しかし確実にこちらを追ってくる。
感情のままに荒れ狂っているのに、それでも冷静に俺を捉えているその様は歪という他ない。
しかしこの声……聞いてるだけで苛々してくるな。
叫び散らかして不満を発散したいのは俺の方だというのに。
「いい加減鬱陶しいんだよ!!」
そして俺は、とうとう堪えきれなくなった怒りをぶつけるように、足元に落ちていた石を女の泣き声のする方向に投げつけた。
投げた瞬間、『なんて幼稚な真似をしているんだ』なんて自責の念に駆られたのだが──
『………………』
石を投げた直後、ふと声が一切聞こえなくなった。
嵐のように周囲の地形を破壊しながら俺を追って進行していた攻撃も、嘘かのようにぴたりと止んでいる。
「……あ?」
まさかこれで終わりということはないだろう。
俺の投擲に効果があったわけでも、向こうの気が変わったわけでもないはずだ。
それだけに、しんと静まり返ったこの状況が気持ち悪い。
また知らぬ内に俺の背後に回って何かをしてくるんじゃ……そう思った瞬間。
『ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアェェェオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
「ぐぅッ!?」
思わず剣を取り落として、耳を両手で覆ってしまうほどの絶叫がやってきた。
先程の悲鳴のような泣き声とは比べ物にならない、重苦しい男の怨嗟の声。
ビリビリと大気が震え、眩暈がするような振動。
立っている足元が揺れているんじゃないかと錯覚するほどの大音量。
冗談じゃない。
こんな状態で襲い掛かられたら、対処のしようがないぞ……!
そんな不安は、思っていたよりも悪い形で現実となった。
『アアアアアアアアアア……──ギャァァァアアアアアアアアア! ウァァァアアアアアア! イィィィイイイイイイイ! キャァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
叫び声が木霊する。
幾人分にも聞こえる絶叫が、そこら中の樹に反射してありとあらゆるところから発せられる。
そして──
「な…………ッ!?」
思いがけず後方からやってきた衝撃に、俺はまたしても吹き飛ばされてしまった。
魔物の屍肉と血と土にまみれながら地面を転がる。
俺はヨロヨロと立ち上がりながら、呆気に取られていた。
今までは何となく感知できていた攻撃の気配、それが微塵も感じられなかったのだ。
一体何故かと考えようとするが、辺りに響き渡る苦悶と絶望に満ちた叫び声が思考を掻き乱す。
「……なら、それはそれだ。今はただ耐えるしかない」
自分に言い聞かせるようにして、眼前を睨む。
ここまでの戦闘で、何となくだが相手のパターンは分かった。
笑っているときは比較的安全、泣いているときは手が付けられなくなり、絶叫しているこの状態は──とにかく危険。
あくまで愚直に考えればの話にはなるが、ひとまずは己の勘を信じるべきだろう。
とすれば、これを耐えきればまたパターンが変わるはず。
剣をしっかりと構え、目を閉じる。
「さぁ……どこからでもかかってこいよ、バケモノ」
視覚を遮断し、気配だけに意識を研ぎ澄ませる。
横方向。ぞわりとする気配があった。
──そこか。
「っづぁあ!」
しかし、俺の予想に反して前方から大きな衝撃を受けた。
馬鹿な……間違いなく攻撃は横から来たはずじゃ……!?
「こん、どは……右ィ! ぐっ!?」
右かと思えば後ろ。
後ろかと思えば前。
その攻撃のことごとくが、気配とは違う来るはずのない方向からやってくる。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ……』
"何か"は唸り声を上げながら俺の周りをグルグルと回っている。
胃が震えるような重低音。どの辺りにいるかまるで見当もつかない。
それだけでなく、迫りくる攻撃の軌道すら読めなくなってしまった。
状況はどんどんマズいことになっていく。
そしてそれだけでは終わらなかった。
このすぐ後、俺が予想すらしていなかった最も最悪な事態が起こることになる。
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