第14話:「地獄行きの片道切符」

 ぼたぼたと、体中から血が流れ落ちる。


「ギャッ! ギャッ!」

「ギャギャーッ!」

「ギィアッ! ギィアッ!」


 今までどんな負傷をしようと声一つ上げなかった俺の、初めての苦悶の声。

 それに興奮したスキンテイカーたちが耳障りな嗤い声を発した。


 もはや自分達をここまで追いやった恐怖の存在はどうでもいいようだ。


「……そうだよな。こんな場所でぼーっと突っ立ってちゃ、好きに襲ってくださいって言ってるようなもんだ」


 戦いはまだ終わっていない。やるべきことをやらなければ。


 どうやら、いい加減血が足りなくなって頭が正常に働かなくなってきているらしい。

 思えばさっきから瞼が重く、頭もやけにぼーっとしてるんだ。 


「それじゃあ今から行くから、首洗って待ってろよクソ猿ども」 


 ぼやけ始めた視界でスキンテイカーたちを睨み、鉤付きのロープを樹に引っ掛けて駆け登る。

 武器を持ち、なおかつ樹上での生活を営むスキンテイカー相手に向こうの有利な状況の戦いを挑むなどとは。

 さっきあり得ない策と断じた行動を、俺は躊躇いなく実行する。


 投げナイフのストックは既に尽き、仮に残っていたとしてもどうせその手段は見抜かれている。

 正直、剣だけで挑むしかないこの状況は絶望的といっていい。


 だが、やるしかないんだ。

 

 当然、連中は獲物が馬鹿な行動に出たと喜々として攻撃を開始。

 さっさと俺の足の腱を切って木から墜としてしまえばいいものを、嗜虐性と残虐性の強い奴らはいたぶるようにして上半身ばかり攻めてくる。


 完全に油断しきっているらしい。

 こんなもの、痛みさえ無視できればこちらにとって都合がいいだけだ。

 既に自分の肉体の防御を諦めている俺にとって、相手が自分から突っ込んできてくれるこの状況は有利以外の何でもないのだから。


「ギィッ!?」

「ギャア!!」

「ほらほらどうした、早く殺さないと殺されちまうぞ?」


 満身創痍を通り越して瀕死の重傷を負っているにも関わらず、どれだけ切られ、刺されようが笑みすら浮かべて迫ってくる俺の姿は、スキンテイカーたちにどう見えているのだろうか。


 残り十四匹。


「ギィィィイイイッ! アァ!」

「よくできたな。そら、ご褒美だ」

「ギェェェッ!?」

 

 一瞬手玉に取れたと思い、そして簡単に潰せると思っていた相手が反撃してきたことで怒ったスキンテイカーの一体が、遂に俺の左手首を鉈のようなもので叩きつける。

 中々に凄まじい威力が込められていたようで、俺の左手首は骨ごと断たれ、その先の残った肉と皮だけでぶらりと垂れ下がる状態になってしまった。


 こうなってしまっては左手はもう使えないな。

 落ち着いてスキンテイカーの首を刎ねた後、邪魔なので自分の左手を手首から切断する。


 残り十三匹。


「ギェェェエエエッ!」

「ギァァァアアアッ!」


 お得意の挟み撃ち攻撃で仕掛けてきたスキンテイカーを宙返りで避け、その着地点で待ち構えていた三匹目のスキンテイカーの首を足でへし折る。

 

 その死体を先程のスキンテイカーたちにそのまま蹴り飛ばしながら、隙を突いて一匹の胴を撫で斬りにして始末。

 振り下ろした剣を翻してもう一匹のスキンテイカーを斬り上げようとするが、咄嗟に持ち上げたナイフで弾かれてしまった。

 

 だが、剣とナイフでは重さが違う。


 衝撃で手からナイフがすっぽ抜け、武器を失ったことにより慌てて逃げようとしたスキンテイカーを後頭部から突き刺して地上に放り捨てる。


 残り十匹。


 仲間の数が少なくなってきて焦ったのか、はたまた思い通りに事が運ばない苛立ちか。ここでスキンテイカーは別の戦法を取ってきた。


「ギギィッ!」

「ギィーッ!」

「ギァッ! ギァッ!」

「…………」


 一匹が俺の右手にしがみつき、その手の動きを抑制。

 更にもう一匹は俺の左足を抑え込みながら、抉れている部分に向かってナイフを突き立ててきた。

 そして残りのスキンテイカー全員でそれぞれの刃物を持ち出し、じりじりと近寄って来る。


 なるほど、お得意の『皮剥ぎ』をやろうというわけだ。


 痛めつける過程にはまだまだ満足してはいないが、それでもメインディッシュだけは絶対に楽しみたいという浅ましい行動原理だろう。

 もうなりふり構っていられないという感じがありありと漂ってくる。


 けど、そんな面倒なものに付き合ってやる道理はないな。


 それにどうやら俺もそろそろ限界らしい。

 耳鳴りが酷く、全身が酷く寒い。気温のせいだけじゃなく、血を失いすぎたからだろう。

 おまけに足に力が入らず、ガクガクと震え始めている。


 この状態でここからスキンテイカーどもの拘束をなんとか解き、その上で全員を始末するなんて到底不可能だ。


 だから、一旦・・ここまでだ。


 久々のキツい戦闘だったしな。餞別に左足はくれてやる。

 その代わり、何匹か貰っていこう。

 

 そう決めた俺は右手を振り上げ、しがみついているスキンテイカーごと樹に叩きつけ始めた。


「ギャッ!? ギャアア! ギャア! ギャッ! ギャッ! ギャ……ギャ…………ギ……」


 手を離せば木の下に放り飛ばされて墜落死する。

 しかし、手を離さなければこのまま叩きつけられ続けて撲殺される。


 そんな極限の二択下で、スキンテイカーは後者を選んだ。


 スキンテイカーは、大人数人は立てるだろう太さの木の枝に叩きつけられるたびに悲鳴を上げながら頭部から赤黒い液体を飛び散らせる。

 そしてその血の染み溜まりに段々と脳漿が混じり始め、最後には頭をスイカのようにかち割られて死んだ。


 他の個体はそんな哀れな仲間のことなど気にもかけず、次々と飛びついて皮膚をめくりあげようと俺の体に粗い刃物を突き刺し始める。


 正直、もう何の痛みも感じない。視界も暗く、ほとんど何も見えない。

 俺は後数分もすれば死ぬだろう。


 構わないさ。それより、丁度鬱陶しかった奴が手から離れて自由になったところだ。


 まずは剣を自身の内股から突き刺し、左脚にしがみついていたスキンテイカーを串刺しにして固定。

 それから二匹ほど、最期に残された渾身の力を振り絞ってがっしりと毛皮を掴み、絶対に自分の手から逃げられないようにする。


「ギィィ!?」

「キィィッ!!」


 取り押さえられたスキンテイカー達が必死に拘束から逃れようとして激しく暴れ、その声に呼応した他のスキンテイカーが次々に俺の体をめった刺しにする。


「ゴフッ……ヘヘ、バーカ。無駄な努力だぜ」


 俺はザクザクと体に突き刺さる刃物の鋭い感覚を意に介さず、逆流してくる血の塊を吐き出しながらニヤリと笑った。


 そして、


「それじゃあ行こうか。楽しい楽しい……地獄旅行…………だ」


 瞼が閉じると同時、樹の上から体を放り投げた。

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