第13話:「一人と一匹の愚者」
残りのサベージアームは六体。
位置取りがまばらなので、激しい抵抗をされたら少し手間取りそうだ。
一方のスキンテイカーは……高みの見物をすることにしたのか、真ん丸の黄色い目を光らせながら仲良く樹上に並んでこちらを観察しているので、ひとまずは放っておいていいだろう。
できることならサベージアームの死体から投げナイフを回収して再利用したかったんだが、顔面からうつ伏せに倒れてしまったので難しい。
接近戦だけだと骨が折れるが、飛び道具は諦めて素直に双剣で始末しに向かおう。
「オッ! オッ! オッ! オッ!」
俺の行動に合わせて、最前線にいるサベージアームがなんだか頑張ってドラミングをして威圧しだす。……が、別に俺は野生動物じゃないので怖気づくことはない。
とはいえ一番最初に目に付いたし、ご厚意に甘えてあいつを狙わせてもらうことにするか。
樹木の間を縫いながら一直線に走り、ドラミングをしているサベージアームへと迫る。
援護射撃のように周りのサベージアームから小岩や枝、土さえも飛んでくるが当たらない。
まぁ、土に関しては流石に被るんだが。こんなものは何のダメージにも障害にもならないのでノーカウントだ。
難なく辿り着いたと同時、ドラミングを止めたサベージアームが拳を振り上げて殴りかかってくる。
戦いによる高揚感なのか、それとも死ぬ可能性を予期しての捨て身なのか、人間でいうところの火事場の馬鹿力のようなスピードと拳圧だ。
流石にこれを最小限の動きで回避することはできないと、後方に跳躍して数歩分後ろに下がる。
その直後、サベージアームの渾身の一撃によって地面に大きな穴が穿たれ、衝撃波が周囲の草木をザワザワと揺らす。
「なんつう怪力だよ……」
リミッターが解除され、尚且つ元のポテンシャルが相当高いサベージアームの膂力はやはり侮れない。敵ながら『流石だな』という感想を抱く。
一瞬で勝負をつけようと思っていたんだが……作戦をシフトさせる必要があるか。
最短で脳か延髄を断つプランを中止し、サベージアームの周囲を走り回りながら土を掴んでその顔面に向けて投げつけてやる。
お仲間がさっきやってくれたからな、お返しの目潰しというやつだ。
そうして鬱陶しそうに顔を振るサベージアームの足首を、角度を変えながら斬り付けていく。狙うは足首の腱の切断。
しかしどうやら間に合わなかったらしい。
毛皮と肉が硬すぎて何回か繰り返していると、
「っと、危ねぇ!」
音速の剛腕を、ときに転がり、ときにバックステップを挟んで回避する。
ヤツの攻撃に対する集中力と反射神経は問題ない。
が、向こうの体力が切れるまで避け続けようにも、こちらは既に連戦続きで消耗しているのだ。
元のスタミナも野生の生き物であるサベージアームの方が上な以上、後手に回ることはできない。
斃すには、こちらも無視できないレベルの負傷を覚悟するしかないな。
「結局こうなる……か!」
意を決して、拳の雨の中に突撃する。
一発一発がとんでもない重さと威力。
多分まともにくらえば、粉砕骨折しながら遥か彼方に吹き飛ばされるだろう。
むしろそれで済めばいいなというレベルだ。
人間ならではの知恵を捨てた、野性的で暴力的な戦い。
だが──
「捨て身で戦ってんのは、こっちも同じなんだよッ!!」
アドレナリンによって尋常じゃない段階まで上がった動体視力でサベージアームの動きを冷静に見切りながら、決めの一手を打つタイミングを窺いつつ手数を稼ぐ。
しかし相手も本気なのだ、当然全てを躱しきることなどできない。
掠った腕から肉が弾け、鋭い痛みが走る。
避けるとほぼ同時に通過した拳は俺より僅かに早く、拳圧で片耳が消し飛んだ。
少しでも見誤れば次の瞬間には致死級の一撃が直撃するような、まさに薄氷の上でステップを踏むかの如き危険な命の綱渡り。
だが幸い、今のところ負った傷はどれもクリティカルダメージではない。
手足を最低限動かせて、残った片目さえ守れれば後は棄てても構わない。
長く続いた攻防の結果、サベージアーム側にも焦りが見えてくる。
油断は禁物だが、チャンスは近そうだ。
横フック二連続からの斜め振り上げ、それから同じ軌道で振り下ろし、最後にアッパーからの拳を合わせた叩きつけ。
──きた。
「そこだッ!」
地面に叩きつけられたサベージアームの腕を踏み台に、更に前へ向かって跳躍しながら首筋に剣を突き刺し、遠心力でぐるんと体を回転させながら背後に回って先程の個体と同じように延髄を切断。
ダメ押しと言わんばかりに首から引き抜いた剣を頭頂部に突き立ててやると、サベージアームは身体を大きく痙攣させた。
ゆらゆらと前後にふらついてからサベージアームが倒れた途端、残りのサベージアームが蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出す。
なるほど、こいつはボス個体だったのか。
ドラミングでわざわざ注意を引き付けたのも、これ以上の犠牲を抑えるために自分が矢面に立ち、万が一己が死んだら群れの仲間を逃がすため……と。
どうやら、無意味だと思っていたドラミングにまんまと釣られたらしい。
「ハァ、ハァ……ハァ……ッ……ふぅ」
荒れた呼吸を整えながら、死んだサベージアームのボスを見つめる。
「……お前は立派に役目を果たしたよ。でも、馬鹿だな。無駄な戦闘をせずにさっさとその決断を下してれば、仲間も自分もいたずらに死なせずに済んだのによ」
そう呟いて、ふと。
馬鹿なのは俺も変わらないかと自嘲気味に笑う。
ああ、全く変わらないな。
くだらない敵愾心に揺り動かされて本能のままの行動から逸れたコイツらも、くだらない理由で行動に付加価値を持たせようとしてわざわざギルドに立ち寄った俺も。
もしかしたら、あいつらは俺がギルドに姿を現さなくてもここに来たかもしれない。そうしたら、きっともっとひどい結果になっていたと考えることもできる。
喧嘩になってパーティ解散ならまだ良い方で、最悪……こうして俺が今巻き込まれているように、スキンテイカーやサベージアームに出くわして死んでいた可能性もある。
脳裏にサベージアームに全身を破砕され、あるいはスキンテイカーによって全身の皮膚を剥がれて木に吊るされたあいつらの死体が目に浮かぶ。
……分かってはいるんだ。
それは有り得たかもしれないはずの未来で、現実はそうでないことは。
そしてその未来を回避したからこそ、今こうして無駄に傷付いてくたばりかけていることも。
だがもしかしたら、間違えていたのは今日に始まったことじゃないのかもしれない。
それよりもっと前……何年も前からずっと、俺は間違った行動を取り続けていたのかもしれないな。
他人と深く関わらず、友を作らなければ……何も気にせずいられたのだろう。
だが、しかし。
それは今までの全ての出逢いを否定することに他ならず、そこにあった気持ちも、俺に対する奴らの思いも何もかも無下にするだけだ。
間違っているのはきっと今のこの考えで、俺が取った行動は正しいはずだ。
そんな正誤の考えがぐるぐると頭を支配し、思わず鼻で笑ってしまう。
「……ハッ。結局、俺は何がしたいんだろうな──っがぁ!?」
俺が呆然と立ち尽くしているのを隙と見たのか、邪魔者はいなくなったと言わんばかりにスキンテイカーの集団が再び襲い掛かり、俺の抉れた脇腹や足にナイフを突き刺す。
ご丁寧に、今度は傷口を的確に狙って。
慌てて振り払うも、怪我をした部分がじくじくと痛む。
気を抜いていたことも相まって、無視できるようになっていた激痛を久々に感じた。
──何をしている? ここは戦場だぞ。
自戒と共に、俺の思考は急激に現実に引き戻されていく。
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