第12話:「血みどろの戦い」
鼻の奥をツンと刺すような、噎せ返る程の血臭。
乱雑に転がる魔物の死体の山。
その光景は、まさに屍山血河。
やけに暗くなった片方だけの視界に映る肉の塊は、全部でいくつくらいだろうか?
いちいち数えることなんてしていない。だが、決して少なくないのは確かだろう。
戦いが始まって最初の方は、まだ簡単だった。
万全の状態でこちらを待ち構えていたわけでもなく、持ち前の狡猾さや罠を用いた奇襲を仕掛けてこないスキンテイカーなんて他の魔物と大差ない。
サベージアームについても、攻撃の威力が洒落にならないだけで俺にとっては比較的楽な相手だ。
何より、手痛いしっぺ返しをくらって慌てふためく奴らなんてただの動く案山子。
それでも、望んでこういう環境に足を踏み入れる俺たち人間とは違って、魔物というのは望む望まざる関係なく常に外敵と命のやり取りをしている存在だ。
故に一度態勢を立て直されてしまえば、シビアな状況になるのは俺の方だった。
「プッ」
呼吸と同時にせり上がってきた血と、それに混じった唾を吐く。
俺の身体は既にあちこちがボロボロ。
本当、こんな状態でどうして動けているのか不思議なくらいだ。
右目は潰れ、脇腹や片足は抉られ、無理に攻撃をいなそうとした腕は一回肩から外れている。骨も何箇所か折れているだろう。
それ以外にも大小様々。深いものから浅いものまで、全身が傷だらけだ。
だけど、どうでもいい。
こんな痛みなど、そしてそれを無視して無理矢理動かすことなど、とうの昔に慣れ切っている。
「ギィィィイイイ!」
「ギャァァァアアア!」
前後で挟み撃ちの形、樹上から飛び降りて襲い掛かってくるスキンテイカー二匹。
前方のスキンテイカーに思いっ切り剣を振り上げれば、スキンテイカーは超人のような速度で身体を回転させて回避する。
その隙を逃さず後ろのスキンテイカーが俺の背中に張り付き、形の粗雑なナイフで脇腹を突き刺してきた。
「…………」
ああ、抉れてない方で良かったな。なんて思いながらお返しに後ろ手に剣を突き刺そうとすると、こちらもすぐさま離れていく。
そして再び木の上に駆け戻ると、嫌ったらしい笑みを浮かべて俺に向かって嘲笑してくるのだ。
「ギッギッギ!」
「キィキィ!」
それに対して、俺は滑稽さと虚無感が込み上げてきてフッと笑い返す。
まさか痛みと苛立ちに怒鳴り声を上げるとでも思っていたのだろうか。
相手を徹底的に痛めつけることを何よりの悦びとするスキンテイカーにとって、こういった反応は戸惑い以外の何でもないのだろう。
そんな予想外の俺の表情に、スキンテイカーたちの反応が一瞬遅れたのを見計らって。
ドスドスドスッと音を立てながらスキンテイカーの一体に投げナイフが突き刺さる。
断末魔の声すら上げられずに樹上から転げ落ちる仲間を見て、もう一体のスキンテイカーが慌てて距離を取ろうとする。が、逃げることはできなかった。
「……ギ?」
大体股上、下腹部の中心辺り。
そこから徐々に自身の体に赤い亀裂が走り始めるのを確認したスキンテイカーは不思議そうに動きを止め、それから一拍置いて白目を剥くと、腹から臓物をぶちまけて絶命した。
俺が視線を上に向けてその様子を見届けているのを確認したサベージアームが、こちらに向かって倒木を投げつつ、それを回避しようとする俺の動きに合わせてタックルしてくる。
まったく、息をつく暇すら与えてくれないな。
フィジカルに肉体進化のリソースのほとんどを割いているサベージアームの突進は、咄嗟に反応できないほどの超速で迫ってくる。
しかし、もともと来ると分かっているならいくらでも回避できる。
おまけにサベージアームは仲間同士で連携すら取らず、基本的に一対一での戦闘を挑んでくるタイプの魔物だ。
正直、スキンテイカーなんかより余程やりやすい相手だと思う。
倒木を避けながらアンダースローで投げナイフを一本くれてやると、煩わしそうにそれを自慢の剛腕で振り払って再びタックルの姿勢に入る。
が、当然そんなことをしてしまっては俺はもうそこにはいない。
先程サベージアームが俺に対してやったのと同じようなことをしてやったのだ。
視界を遮っている間に死角に移動し、ロープを伝って素早く木を登ったというわけだな。
タックルが空ぶったことで土煙を上げながら制止したサベージアームは、不思議そうに周囲をキョロキョロと見回す。
そして何となく居場所を察知したのか自分の真上に視線を向け──それでも大した勘ではあるのだが──額から脳幹まで剣で貫かれて即死した。
「……いい加減しんどいぞ、クソども」
死骸から剣を引き抜きつつ、悪態を吐く。
けれどもまだ魔物は残っているし、向こうもそれなりの数を殺られており、何より敵である俺をここまで追い詰めた以上見逃してはくれないだろう。
倒れたスキンテイカーの死体に近寄って、刺さった投げナイフを回収。
刃こぼれはなさそうだ。
「うん、まだ使えるな」
呟きながらそんなことを確認している無防備な俺の背に、今度は三匹のスキンテイカーが襲来。
肩、背中、脇腹。次々に突き立てられる粗末なナイフに一瞬顔を歪めるが、すぐに半回転して振り払う。
そこへ向けて更に、サベージアームたちが岩や折れた太い枝を投擲。
連中もどうやら少しは連携というものを学んだらしい。
恐らく、これは下手に避けに徹すれば延々と協撃を受け続ける流れだろう。
そして俺が消耗しきったところを仕留める腹積もりのようだ。
となれば、スキンテイカーどもが待ち受ける木の上に突っ込むのは下策中の下策。
かといって、連中相手に地上から不意打ちの投げナイフを投げて少しずつ数を削る作戦も、既に一度見られたから通用しない。
仕方ない、か。
動きが小賢しいスキンテイカーどもを先に始末したかったが、とりあえずサベージアームを何とかしよう。
一瞬でそう判断した俺は、飛来する投擲物の内、岩……は流石にマズいな。
半身をずらしながら岩を避け、折れ枝を片手で防ぎつつ、サベージアームに向かって突進する。
なんだか枝が当たった瞬間、枯れ枝を踏みしめたような音と共に鈍い痛みが腕に走ったが無視だ。折れてさえいなければまだ動かせる。
「ウオッ! ウオオッ!」
「まずは一匹」
首から下は毛皮だの筋肉だの皮下脂肪だののせいで致命傷を与えにくい。
だから背後に回り込み、その肉体にアイスピッケルのように剣を突き立てて背中を登り、延髄を抉るようにして後頚部を斬り裂く。
そして血を噴き上げながら絶命したサベージアームから飛び降り、倒れゆくその体を遮蔽にしつつ、投げナイフで近くにいたもう一体のサベージアームの眼球と眉間を狙って投擲。
タックルしてきた個体とは違って、こちらは虚を突けたのかすんなり突き刺さって相手の命を奪ってくれた。
「ここまでは順調っと……」
どんどん数を減らされ、サベージアームたちが焦っている様子が窺える。
サベージアームは残り六体ほど。再び態勢を立て直される前に殲滅してしまおう。
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